2016-01-01から1年間の記事一覧

2007ジョグジャカルタ旅行記最終回

古都ジョグジャカルタの目抜通りはジャラン・マリオボロと呼ぶ。ジャランとは「通り」の意味で繰り返してジャラン・ジャランと言えば「散歩」と言う意味になる。 (ジャラン・マリオボロ) そんなジャラン・マリオボロを王宮までジャラン・ジャランした。途中…

ボロブドゥールの朝焼け

ボロブドゥールの朝焼け 遺跡内のマノハラホテルでは夕食後地元の民謡が庭先で披露されていた。 その向こうにはライトアップされたボロブドゥールがボンヤリと浮かんでいる。 否が上にも期待が高まる。折角珍しくしっかりしたホテルに泊まったと言うのに、翌…

2007ジョグジャカルタ旅行記6

ではボロブドゥールに登っていこう! 我々の世界から遺跡の最下部の基壇迄は欲に満ちた人間の暮らす欲界だ。其所には因果応報を諭すレリーフで覆われている。その中でも有名なものに「醜い顔」と呼ばれるレリーフがある。人は悪い噂話や悪口が大好きな生き物…

2007ジョグジャカルタ旅行記5

満を持してボロブドールに向かった。例の如く到着前に関連寺院を回った。ムンドゥッツ寺院とパヴォン寺院だ。 (パヴォン寺院) これもまた外観はヒンズー寺院と見間違う形状だが、中に安置された仏像は明らかに仏教のものであるばかりか、仏像的にも非常に…

2007ジョグジャカルタ旅行記4

プランバナン寺院群、最後に訪れたのはプランバナンの中心とも言えるロロ・ジョグラン寺院。此方は純粋なヒンズー寺院だ。仏教を信仰するシャイレンドラ王朝はボロブドゥール建造後衰退してしまった。目の上のタンコブが無くなったマタラム王朝は時が来た!…

2007ジョグジャカルタ旅行記3

白タクの運チャンにプランバナン寺院群を見学しつつボロブドゥールまで向かって貰う事にして、先ずプランバナン寺院群を巡る。 (サンピ・サリ寺院) 先ずは小さな寺院群から巡った。サンピ・サリ寺院のみはハッキリとその形状、奉られている御神体からヒンズ…

2007ジョグジャカルタ旅行記2

インドネシアは日本と同様に自然災害の多い国だ。台風(サイクロン?)火山の噴火、地震、そして津波、被害の種類も日本と同様で、度々甚大な被害を被っている。06年にジョグジャカルタを襲った地震でも遺跡を始め地元の人々に多大な被害をもたらした。 (…

2007ジョグジャカルタ旅行記1

日本でも世界でも日本三大○○やら、世界三大○○やら、何かと三大○○が人々は好きだ。そんな私もエジプト、メキシコとピラミッドを紹介してきて後一つ何か紹介しないと何処か落ち着かない気分になってくる。 (世界一のクフ王のピラミッド) 三大ピラミッドと呼ぶ…

2008メキシコ旅行記最終回

私は最後にこの遺跡の水源となっていたと言う泉セノーテを訪れた。大地に大きな円形の穴があり、その奥に濁った水が満ちていた。そしてこの水場の仕組みを知った時、漸く川も湖も全く無いこの地に文明が興った秘密を知った。 (千本柱の間 新チェチェンイツァ…

2008メキシコ旅行記8

?? さて私が訪れた最後の4つ目のピラミッド、チチェン・イツァのピラミッド、通称エル・カスティージョはマヤ・戦国時代のピラミッドなだけにとてもスパルタンな印象を受けた。 ピラミッドの四面にはそれぞれ階段が設けられているが、その段数は91段。四…

2008メキシコ旅行記7

マヤ文明は紀元前から13世紀まで、長きに渡ってユカタン半島で繁栄した文明であるにも関わらず統一王朝が出来る事が無かったのが大きな特徴のひとつだ。つまりパレンケやウシュマルと言った都市国家が群雄割拠していたと言う事だ。 (提督の舘 ウシュマル遺…

2008メキシコ旅行記6

ウシュマル遺跡はパレンケに比べ降水量が少なく、周囲の木々はパレンケに比べ低い灌木が主体だが、それでもその灌木が大地を埋め尽くし密林を成している。 遺跡場内に入って先ず出迎えてくれるピラミッドは魔法使いのピラミッドと呼ばれるもので、魔法使いが…

2008メキシコ旅行記5

日本の地方でも良くある事だが、地方から地方へ移動する場合、遠回りだとしても、一旦大都市を経由した方がアクセスが良く、結果早く到着出来る場合がある。パレンケ遺跡から次に目指すウシュマル遺跡もそんなケースだった。 一旦パレンケからメキシコシティ…

2008メキシコ旅行記4

発券ミスによってあわやと言うピンチを脱した私は次なるピラミッドを目指してパレンケ遺跡へと向かった。これから紹介する遺跡は全てマヤ文明の遺跡であり、ユカタン半島に根付いた文明である。パレンケはそのユカタン半島の付け根の部分に位置する遺跡であ…

2008メキシコ旅行記3

規定の出発2時間前を十分に残して空港に着いた私は、いつもと変わること無くEチケットをカウンターのお姉さんに差し出した。これにて一件落着事が進む筈がお姉さんは困り顔で私にEチケットを突き返した。 「貴方の飛行機は既に出発していますわ!」 そ、そ…

2008メキシコ旅行記2

ティオティワカンは二十万人が暮らしたと言われる都市国家遺跡だけあって広大な遺跡だ。中央に死者の道と名付けられた大通りが残り、大規模な計画都市だった事が伺われる。その目指す先に月のピラミッド、それより手前右に太陽のピラミッドが聳え立つ。 (死…

2008メキシコ旅行記1

アンコールワットで遺跡の魅力に取り憑かれ、エジプトのピラミッドで更に遺跡の奥深さに魅了された私が、他にもあるピラミッドに興味を持ったのは自然な流れだ。 「メキシコにピラミッドを見に行く!」 と言うと大抵 「え?ピラミッドってエジプトじゃなかっ…

2006エジプト旅行記最終回

私は最後のフリータイムを使って再び死者の国を訪れた。ピラミッドと同じく自分の足で向かいたかった事と、ツアーでは見れなかった幾つかの葬祭殿があったからだ。早速渡し船でナイルを渡り、群がってくるタクシーと値段交渉をしたのだが、余りにも強気な態…

2006エジプト旅行記15

エジプトの神殿をたっぷり見た後はナイル川を渡って西岸の死者の世界に赴く。農業地区には僅かばかり緑が広がるがやがて砂一色の荒野となり、メムノンの巨像が門番の様に死者の世界への入り口で我々を出迎えてくれる。ナイル川を三途の川だとすれば、メムノ…

2006エジプト旅行記14

アスワンから旅の最終目的地ルクソール迄はナイル川に沿って神殿ラリーが続く。古代エジプト王朝は日本と同じく多神教だから、それぞれの神を奉る多くの神殿が築かれたのだ。神殿は生きた人々が神を崇める場所だから殆どがナイル川の東岸にある。 (コムオン…

2006エジプト旅行記13

アスワンはリゾート色さえ感じる美しい街だ。あのアガサ・クリスティもこの街の名門ホテルでナイル殺人事件を執筆したと言う。ツアーでもそのホテルに宿泊を売りにしているコースもあるが、我々のツアーは廉価版。しかし私には今回も豪華過ぎる、川の中洲に…

2006エジプト旅行記12

アブ・シンベルからアスワンに引き返し往きに飛ばした見所を訪れた。先ずはアスワン・ハイ・ダム。アブ・シンベル神殿等の水没の危機を生み、また大きな湖を人工的に作ってしまったが故に気候まで変化してしまった、とか下流に洪水が起きなくなった反面、そ…

2006エジプト旅行記11

我々が危険なサハラ砂漠を渡って訪れた理由はたった一つ、アブ・シンベル神殿を見るが為だ。 エジプトも此処まで南下すると最早スーダンの国境に近く、エジプト北部のアラビア人と異なる、ブラックアフリカに近いヌビア人の暮らす地域だ。これは昔も変わりは…

2006エジプト旅行記10

ナイル・エキスプレスは案の定大遅刻しアスワンに到着した。添乗員は想定内らしいが若干慌て気味。急遽本日の見所を一ヶ所にしてアブ・シンベルに向かうとの事。その一ヶ所は切りかけのオベリスク。 昔アスワン周辺は格好の石材が採れる地域で、此処から切り…

2006エジプト旅行記9

カイロ滞在最後の短い自由時間を使って、私はもう一度ピラミッドを訪れた。自分の気に入ったスポットはガイドにキチンと説明を受けた後に、もう一度自分の目でじっくりと味わいたい。それと、自分の足で其処へ向かいたかったのだ。 ピラミッドへ行く道中、再…

2006エジプト旅行記8

地下鉄に乗りオールドカイロに向かった。歴史が長いカイロには新市街と旧市街と別にオールドカイロと呼ばれる地域がある。カイロが未だフスタートと呼ばれた時代に街の中心があった地域だ。いざ地下鉄に乗ろうと列車を待っていると悪戯小僧的数人が私を見て…

2006エジプト旅行記7

さて幾つかのモスクを見学した。普通宗教施設は特定の歴史的物件を除いて入場料は無いのが一般的だが、エジプトは観光客が多い故か、バクシーシと言う形で請求される。チップに弱い日本人、なら入場料請求された方がよっぽど解り易いのだが…。しかしエジプト…

2006エジプト旅行記6

カイロは7世紀にイスラーム王朝が征服しフスタートと名付けられた。10世紀にチュニジアに興ったファーティマ朝がフスタートを占領、勝利の街アル=カーヒラと名付けた。カーヒラの英語読みこそがカイロである。 ハン・ハリーリバザールと並ぶかの様に旧市…

2006エジプト旅行記5

ハンハリーリ・バザールはカイロ旧市街の中心に有り観光客の土産物からカイロ市民の日用品まで揃う巨大な商店街だ。 バザールを歩けば其処ら中から変なアクセントの日本語で声がかかる。 「バザールでござーる!」 「価格破壊!」 バザールは喧騒で正にカオ…

2006エジプト旅行記4

ピラミッド見学を終え、エジプトに来た実感を満喫したら、そのタイミングで考古学博物館に向かおう。何故ならエジプトのテンションが上がってる、その瞬間こそその遺産の価値や雰囲気を存分に味わえる瞬間だからだ。 私は世界の様々な遺産は、オリジナルの場…