2008メキシコ旅行記5

 日本の地方でも良くある事だが、地方から地方へ移動する場合、遠回りだとしても、一旦大都市を経由した方がアクセスが良く、結果早く到着出来る場合がある。パレンケ遺跡から次に目指すウシュマル遺跡もそんなケースだった。

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 一旦パレンケからメキシコシティに飛行機で戻り、乗り継いでメリダへ向かう。しかしメリダに向かう飛行機が遅延してメリダ到着は深夜になってしまった。今回は良く飛行機に関するトラブルが続くが、もし乗り継ぐ前の飛行機が遅延していたら、乗り継ぎが出来なかった訳で、乗り継いだ後の飛行機の遅延で本当に良かったと思った。旅は本当にハプニングの連続で、何度も窮地に立たされるが、私は何度も不幸中の幸いの結果で済んでいる。旅の神様に感謝しなければならない。

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  メリダユカタン半島の中央部に位置する街で、マヤ遺跡観光の拠点として最適な街であり、コロニアルな美しい街並みで有名だ。だが、私はコロニアルと言う言葉の響きが好きではない。どうしても植民支配の負のイメージが付き纏うからだ。

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 事実、メキシコを侵略したスペインの原住民に対する仕打ちは凄惨なものであった様で、配下に「旧約聖書に書かれている侵略より遥かに惨たらしい。」と云わしめた程だった。更にスペイン人が持ち込んだ疫病に、現地の人々は免疫を持っていなかった事も加わり、人口が一気に激減するに及んだ。メリダには此処を総監したフランシスコ・モンテホの家が残るが、スペイン人が原住民の頭を踏みつけて立つ彫像が飾られている。

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 しかし此処が征服されて最早400年以上の月日が経ち、そしてラテンの根っからの明るさからか、現在のこの街に植民支配の持つ陰りは一切無い。ならば外部から来た旅人が一切口を挟む事もあるまい。

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 事実、パステルカラーの色合いの街並みはとても美しい。ヨーロッパにもカラフルな街並みは存在するが、此処がラテンの地だからか、此処の強烈な日差しがそうさせるのか、ヨーロッパのものよりずっとヴィヴィッドな色合いに感じる。

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 今では此処に住む人々はこの街を愛し、この街に誇りを感じている。夜になれば街の何処かで民族舞踏が披露される。その躍りも底抜けに明るく楽しそうに感じた。