やりなおしの旅私的ロマンチック街道コペルからトリエステ編

 早朝コペル、そしてスロベニアを後にしてイタリアの国境を超えトリエステへと向かった。イタリアとスロベニアはシュゲン条約を結んでいる為パスポートチェックすらない。すなわちフリーだ。クロアチアスロベニアの国境を超える時はパスポートチェックがあったと言うのに昔東西の壁に遮られていた両国が‥。

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 トリエステへ入って先ず郊外に建つミラマーレ城へ向かった。純白の城が紺碧のアドリア海に良く映えますが、此処の城主は余り幸せな人生を歩めませんでした。今で言う左遷です。遠くメキシコへ渡らされ、そこの領有が上手くいかず、そこで亡くなったそう。現在でも家を買った途端に転勤なんて良く聞く話だ。

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 市内に戻った。トリエステはイタリアで一番イタリアらしく無い街と言われる。その原因は嘗てこの地を領有したオーストリア帝国が唯一の外港として莫大な資金を投じて港町を作ったからだ。駅の前には女帝エリザベート銅像が。

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 その為街の中心は整然としていてまるでオーストリアの街並みだ。

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 そしてカフェの発祥の国(ヨーロッパで)と言われるオーストリアだけあってトリエステはカフェで有名な街。と言う訳で私もエスプレッソを頂いた。ちょっと背伸びして1ユーロも高いエスプレッソを頼んだのだが、どうして高いのか飲んで解った。火を吹きそうになった。エスプレッソに非常に度数が高い酒が入っている。訳の解らん飲み物は要注意だ。

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 そんなトリエステにも丘の上の旧市街は本来のイタリアらしい街並みが広がる。

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 そんな丘の上に建つ城壁からトリエステを眺めた。入り口が解らず裏口に出てしまったが、係員のお兄さんが搬入用のエレベーターであげてくれた。チケットオフィスは此処には無いから勿論無賃入場だ。そんな緩さがイタリアらしい。

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 丘の上から眺めるトリエステ。支配する国が変われば街並みも変わってしまう。ヴェネツイ共和国、ウイーン帝国、ユーゴスラビアスロベニア、そしてイタリア。目まぐるしく支配者が変わったこの街で、同じ街に暮らしているのに幾度も国名が変わった人々がいただろう。それがどう言う事なのか?国なんてものは生まれてから未来永劫あって当然などと考えてしまう我々には量り知れるものでは無い。

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 丘から下れば再びウイーン帝国の築いた理路整然とした街並みが広がる。ハプスブルグ家独特の、マリア・テレジアが愛したと言われるクリーム・イエローに彩られたビルもある。

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 しかし私はちょっぴりこうした理路整然とした街並みが苦手だ。やっぱり入り組んだ路地裏の迷宮を彷徨っていた方が良い。そろそろお暇しようか?私は鉄道に乗った。目指すは迷宮の街、そしてこの旅の終着地ヴェネツィアだ。

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