シルクロードを西へ!ウズベク編

シルクロードを西へ!次なる旅へ!

昨年、私はチベットの旅行記を書いた。それがチベット仏教を国教とする世界で唯一の国、ブータンへ旅するきっかけとなった。今年に入って私はシルクロードの旅行記を書き始めた。またムクムクとシルクロードへの旅の想いが募り始めた。 私は当初シルクロード…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編最終回

チョルスー・バザールで先ず始めに私が向かったのは食道街だ。その中でイスラーム帽を被ってモクモクと煙を上げながら、黙々とシャシリク(串焼き)を焼いているオジサンに惹かれて私はその店でシャシリクをご馳走になった。 腹を満たした後はいざバザールに…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編タシュケント1

往きは鉄道、そして車で砂漠を越えて時間をかけて移動した道程も、帰りはプロペラ機であっという間にタシュケントに戻った。旅を始める迄帰りの便のフライトスケジュールが未定だった為、空港からタシュケントの市街迄のアクセスは自力で向かう事を覚悟して…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ7

世界遺産で繰り広げられた小さな天使の撮影会も終わり、私は民族舞踏が行われるアラクリ・ハーン・マドラサに向かった。舞踏は先ずオジサン、オバサン、若者に子供と言う編成の舞踏から始まった。子供が道化役となって良い味を出している。しかしこれは前座…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ6

ヒヴァの内城イチャン・カラは世界遺産であると共に、其処に暮らす人々にとっては日常だ。 日中は観光客が大手を振って歩き回る其処も、学校が終われば子供達の遊び場だ。観光客は彼等にとって、学校で学んだばかりの英語を試す格好の遊び相手でもある。私に…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ5

私の背中を突っついたのは、初日にイチャン・カラで出逢ったお土産屋さんの女の子だった。 「昨日は友達の商品買っちゃうんだもん!今日は私の店も見てってよ!」 笑いながら彼女は言う。昨日、私は彼女に声をかけられたのだが、彼女の店に行く途中、彼女の…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ4

ヒヴァには大小約20ものマドラサがあり、それらは現在博物館として利用されている。その幾つかを巡ってみた。それぞれテーマがある様で、中には「取り合えず集めてみました」的なものもあるが、面白いものもある。 音楽をテーマとしたカーズィ・カラーン・マ…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ3

イチャン・カラの西門と東門、北門と南門を結ぶ線が交わる場所にジュマ・モスクがある。ジュマとは金曜日の事、金曜日はイスラームの礼拝の日。拠ってイスラームの大切な一日である金曜を冠したモスクは世界中にあるが、大抵街の中心となるモスクである事が…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ2

満を持してヒヴァの内城、イチャン・カラのメインゲート、西門オタ・タルヴァザの前に立った。先ず目に飛び込んで来るのが太く蒼いミナレット、カルタ・ミナルだ。カルタとは現地語で低いを意味するが、本来はウズベキスタン一背が高いミナレットになる筈だ…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ヒヴァ1

観光の核心であるイチャン・カラを後に回し外城のデシャン・カラから先に回った。未舗装の路地を気儘に曲がり、観光客等入りそうも無いチャイハネで昼食を摂った。 田舎の路地裏の支配者は悪戯っ子達だ。それでも今風なのは彼等が携帯に興味津々である事。私…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編キジルクム・デザート

朝早く、私を乗せた車はブハラを立ち、ヒヴァを目指すべく一路西を目指した。郊外に抜けると緑はやがて色を失い数を減らしていき、やがて小さな草が生えるだけとなる。ドライバーが私に告げる。キジルクム・デザートに入った事を。 desartと言う英語を日本語…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ブハラ4

乗り合いバスの旅は行きはヨイヨイの旅だ。目的地は大概観光名所だから話も早い。目的地ばかりに意識がいって、自分の乗ったバス停の名前を見落としてしまう。 最初に向かったのはストライ・マヒ・ホサ宮殿。此方は街の中心部に残る史跡よりずっと新しい宮殿…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ブハラ3

ブハラ二日目は街の有名処を見学した。ブハラの街の通りが交差する様な要所には、小さなドームが連なるタキと呼ばれる建物がある。 昔は旅の商人達のキャラバン・サライ(隊商宿)やハンマーム(サウナ)も備えたバザールとなっており、各タキ毎に販売する…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ブハラ2

リャビ・ハウズで腹を満たした後はブハラの街を散策する。ブハラの街は見所と住宅地が解離していたサマルカンドと違い、見所は住宅地と共存している。主だった観光の中心はリャビ・ハウズの西側にあるが、先ず東側から散策を始めた。 東側の見所と言えば四本…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編ブハラ1

再び列車に乗ってサマルカンドからブハラを目指した。車窓の風景はタシュケント~サマルカンド間よりずっと乾燥したものになった。緑が薄くなっていく、砂漠が近づいている。 ブハラの駅に到着した。終点なので客が一斉に降りていく。スロープで大きな荷物を…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編サマルカンド5

往き来た道を戻りアラシャブの丘南麗に横たわるシャーヒズィンダ廟群を参拝した。 此処はウズベキスタンでも有数の聖地でありティムール所縁の人々も此処に眠る。またイスラームの預言者ムハンマドの従兄クサム・イヴン・アッバースが殉教した伝説も残り、イ…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編サマルカンド4

バザールで腹を満たした後更に歩みを進める。バザールの向かいの大通りを越えた小高い丘にはハズラティ・ヒズル・モスクが建っている。木造の柱の下部が極端に絞り込まれている柱が林立するテラスは中央アジアのモスクの代表的建築様式の一つだ。私が日本人…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編サマルカンド3

レギスタン広場を後にして、ミナレットの上から眺めたヒビ・ハニム・モスクを目指した。その道はバザールへと続く道でもある為、地元の人々が世話しなく行き来していた。シルクロードを代表する移動手段の驢馬車も健在だ。行き交う人々の肌の色も目の色も、…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編サマルカンド2

グル・アミール廟から西に向かえばサマルカンド、いやウズベキスタンが紹介される時、必ずや取り上げられるスポットであるレギスタン広場に到着する。 レギスタン広場とは砂の広場と言う意味で、サマルカンドの固有の広場名では無く、ウズベキスタンの中心…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編サマルカンド1

サマルカンドのホテルはロシアが築いた新市街にあった。新市街らしいまっすぐな大通り。逸る気持ちで急ぎ足で旧市街へと向かえば、その入り口にティムールの座像が出迎えてくれた。サマルカンドは彼が造った、彼の大好きな蒼がふんだんに使われた蒼い街だ。 …

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編序章2

私がウズベキスタンを旅するに当たって心配だった事は、ソ連と言う共産主義国家に長らく支配されていた影響がどれだけ残っているかと言う点だった。慇懃無礼な接客、汚れきった傲慢な公安。退廃した雰囲気の暗い街、そこに暮らす抑圧された人々。私は共産国…

シルクロードを西へ!ウズベキスタン編序章1

ウズベキスタン、 1991 ソ連崩壊に伴い解放された中央アジアの国々と共に独立を果たした新しい国でユーラシア大陸を東西に走るシルクロードの中央部に位置する。海に達する為には二回国境を越えなければならない世界でも二つしか無い二重内陸国でもある。(…