遥かなるトンブクトゥ2バマコ夜

 アマドゥと一緒にホテルのレストランに入った。アフリカの電気事情は悪い。レストラン内部もバーの店内より薄暗い。席に着こうとすると蚊が数匹飛んでいるのが確認できた。此処では蚊はマラリアを持っている可能性が高いので大問題なのだ。 アマドゥに促され店員が慌てて殺虫剤を撒く。此処の殺虫剤はハマダラ蚊に対応する為日本の数倍の威力がある。マラリアも恐いが、この殺虫剤を撒いたばかりの店内で食事をする事も恐いと思った。

 ニジェール川は非常に高低差の乏しい河川で、特にマリの中央部でまるっきり平坦な大地となる。それが巨大なデルタを作り上げ、そのデルタが産み出す肥沃な大地がマリに幾つもの王国を産む要因となった。四代文明がどれも大河に沿って生まれた様に、マリに歴史遺産が集中しているのはニジェール川あってのものである。そしてデルタが産み出す穀物と言えば何と言っても米である。だからマリは米が主食だ。そして鳥や魚の肉をシチュウの様にしたものをご飯にぶっかけて食べる。即ち丼の発想だ。だから日本人の口に良く合う。丼好きの私なら尚更だ。もう殺虫剤もマラリアの恐怖も忘れ私は料理にがっついていた。

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 そんな料理に夢中になる私をアマドゥは目を細めて眺めていたが、私が粗方料理を食べ終わるのを待って彼は意を決した様に口を開いた。

さっくんさーん。残念なお知らせがあります。本日(11年11月25日)トンブクトゥで誘拐事件が発生しました。単なる誘拐事件ではございません。アルカイーダ系過激派によるものと思われます。彼等は先日も近郊の都市を襲撃し、今回は欧州人数人が人質に捕らわれました。うち抵抗しようとした一人は問答無用に射殺されました。

 つきましては大変危険な状況となっていますので、今回はトンブクトゥを諦めましょう。急遽さっくんさんを飽きさせないプランを私が考えましょう!」

 カツン、私のスプーンが止まり皿に当たり乾いた音をたてた。こんな事件が起きかねない事は十分承知していた。しかし何もよりによって私が到着した日に・・・

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(マリを代表する木バオバブ) 
 私の目は泳ぎ、口が勝手に吐き出すように言葉を発した。

「私はトンブクトゥを見る為にこの国を訪れました。私に他のプランは考えられません。」

アマドゥが哀しそうな表情で言葉を返す。

「私もこの国の貴重な歴史遺産トンブクトゥさっくんさんに見て欲しかったです。しかしそれより私の一番大切な仕事は、さっくんさんを安全無事に日本に送り届ける事だと思っています。」

 彼の言葉には、口調には、彼の誠実さがありありと滲み込んでいた。

「ありがとう。アマドゥ。
・・・でも可能性が一片でもあるとしたら、私はその可能性に賭けたいんだ。」

 危険を冒してまで旅するべきでは無い。また来れば良い。それが旅のセオリーだ。だが当たる私の直感がノーと叫んでいた。マリの国力は脆い。更に敵の勢いは中東の春以降増すばかりだ。一旦均衡が崩れれば、最早二度と訪れる事が出来ない場所になるだろう。例え紛争が終わったとしても、平和はすぐには訪れる事は無い。まるで第二のアフガニスタンの様に。私にとって今回がラストチャンスなのだ。そしてやっと手が届く場所に来ているのだ。

「解りましたさっくんさん。先ずは計画を白紙に戻し旅を続けましょう。途中で事件の顛末が良い方向に向かえば、私が最善の方法を考えましょう。」

 やっとの事で手繰り寄せたトンブクトゥが、手の届く場所に迫ったと思った途端、また遥かなる場所へと遠退いていった気がした。蚊帳を張り蚊取り線香を炊き、遠くに蚊の飛ぶ音を聞きながら、眠れない一夜は暮れていった。

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