アンマン4

 ローマ劇場のある丘を登ってアブー・ダルウイッシュ・モスクを目指した。今までで一番急な坂、というか階段。高いところからの展望が好きなので自然私の旅に登り坂はセットの様なものだが、今回は特に坂が多い旅だった。それだけ展望を楽しんだとも言える。

 息を切らせつつ登っていると老人に声をかけられた。

「何処からきたのか?アンマンはどうだ?」

私が

「日本から来ました。アンマンは最高です!」
と応えると老人は子供にジュースを持ってこさせ私に渡す。私が遠慮していると
「持っておゆきなさい、旅人よ!」

とさりげなく見送ってくれる。正直私の喉はカラカラに渇いていた。でもそんな事ではなく、老人のその然り気無い親切が心の底から嬉しかった。ジュースで喉の渇きを潤し、老人の親切にパワーをいただいて残りの坂を一気に登った。

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 アブー・ダルウイッシュ・モスクはコーカサスから移住してきたモスリムが建てたモスクだ。黒と白からなる紋様が可愛らしい。モスクを眺め一息しているとそろそろ戻らねばならない時間。意を決して引き返し始める。すると小さな商店の兄ちゃんが私を呼ぶ。買うものが無いので断ったがしつこく呼ぶので中に入ると先程と同じ会話が始まる。

「おまえは何処からきたのか?アンマンはどうだ?」

私は同じ返事を返す。

「日本からです。アンマンは最高です。」

すると兄ちゃんも売り物の飲み物を私に差し出すでは無いか!私は解らなくなった。ただ二言三言交わしただけの通りすがりの旅人に日本人は飲み物をもてなすだろうか?勿論ここがヨーロッパなら飲み物による睡眠薬強盗を疑わねばならないが、此処ではそんな心配もない。

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 以前ウズベキスタン・ブハラでもドバイでも夕食をご馳走になった。何を貰ったからどうのと言う訳ではないがイスラームの旅では私はお節介な程親切を頂き続けて旅を続けた。ヨルダンと言えばその立地が災いして危ない地域とばかり捉えられがちだ。いやイスラーム圏自体が危なく勘違いする人が島国のこの国の人に多い。なんか日本人の中東に対する余りの無知さに恥ずかしさを覚える。

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 暫く坂を下ると目の前にアンマンの広大な街が見渡せる場所に出た。これがこの旅の最後の絶景、ひとこまになろう。この旅で出会った青年が必死に私に問いかけてきた。

9・11以来ずっと我々は世界から誤解を受けている。アラブ人はテロリストでは無い。我々も貴方と同じ平和を愛する普通の人間達だ。もし貴方が今回の旅を満足してくれたのなら、貴方の家族、友達に、是非今回の旅の思い出を伝えて欲しい。」

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 私はこの十年間イスラームをテーマに旅を続けてきた。いつかそこで撮った写真、思い出を一冊の本に纏められればと思っている。いや纏めなければなるまい。それは彼等との約束でもあるのだから。報道が語る紛争と言う片寄った側面だけでは無い、平和で美しい中東の本質を私は見てきたのだから。