バールベック2

私はこの神殿の残骸を眺めながら一つの思い出を回想していた。それは三年前ドーハからカイロへ向かう機内での出来事だった。機内で私はパレスティナの女性と隣の席になった。彼女は外見も口調もチャーミングと言う言葉がぴったりの女性だった。モスリムの女性は宗教的制約もあり余り喋る機会が持てない。しかし彼女のお陰で普段なら暇を持て余す機内をとても楽しいひとときを送る事が出来た。

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 が、突然彼女は小さく悲鳴を上げ、彼女の瞳はみるみるうちに涙でいっぱいになった。私はうろたえ、そして彼女の視線を追うと、それはイスラエルレバノン空爆を開始した事を告げる報道番組だった。私はその時「またか・・・」としか感じなかった。其処にはいつしか紛争の報道に慣れっこになり不感症気味になっている自分がいた。隣の彼女にとっては他人事では無い、しかも今私は目を凝らせば見えそうな程近い場所を飛んでいる。其処では間違いなく血が流れているのだ。彼女の気持ちにも今起きている真実にも何も感じる事が出来なかった自分に鳥肌が立った。

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 その後機転の早い彼女に救われ再び楽しい時間を私達は過ごし無事カイロへ到着する事が叶った。

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 それから三年、漸く私はこの地へ訪れる事が叶った。そして今私は古代の神殿の廃墟に立っている。完全な形が残されていればパルテノン神殿を遥かに上回る神殿、しかし我々はこの神殿さえ凌ぐ文明を築き上げた。しかし一方この時代から永遠と続く紛争を解決する手段を我々は未だ見出だすことが出来ずにいる。

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もし私達がそれを見つけ出せない限り、いつの日か私達が築いてきた文明もやがて遺跡と呼ばれる日が来るのだろう。そして未来の旅人が唖然とした表情で廃墟と化した私達の街並みを見上げているのだろう。ユピテル神殿の列柱を阿呆の様に見上げている今の私の様に・・・