ダマスカス4

 ダマスカスの一日も遂に陽が落ちてきた。くねる様に伸びる細いスークを辿りながらウマイヤ・モスク方面に戻る。途中シャワルマ(日本ではトルコなどでの名称ドナー・ケバブと呼ばれる事が一般的。ラム肉やチキンと野菜をナンで包んだアラブのファーストフード。)を買って頬張りながらスークを散策した。

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 賑やかなスークに裸電球が灯り妖しく懐かしい雰囲気に包まれる。街にマグレブ(西方を意味する言葉だが此処では日没の意味)のアッザーン(礼拝の呼び掛け)が響きけば、人々は慌ただしくモスクへと向かう。礼拝が終わった人々はアラブ風オープンカフェでシーシャ(水煙草)を楽しんでいる。

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 そんな中私の視線は小さな骨董品店のショーウインドーに釘付けになっていた。そこに置かれていたのはなんと三猿の置物なのだ。見猿、聞か猿、言わ猿、日光の東照宮にあるそれだ。なんでまたダマスカスに三猿があるのだろう?置物は金属製で日本では見たことが無いものなので日本製では無いだろう。たまたま日本でそれを見た彫刻家が三猿にインスパイアされて作ったのだろうか?その時はそんな風に思った。

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 しかし帰国後テレビ番組で三猿が実は世界的に知られる存在であり、一説ではエジプトあたりに起源があると言う。そしてその後に訪れた西アフリカ・マリで私は再び三猿と出逢うのである。それはバンバラ族が彫った仮面。三猿がエジプトで生まれたとすると、エジプトからダマスカスへ伝わった三猿はシルクロードを旅し、その果てに日本へ伝わった。一方西を目指して旅を続けた三猿はサハラ交易と共に駱駝に乗って遥かマリまでたどり着いたのだろう。東の果ての日本から、西の果てのマリまで、三猿が文化を繋いでいる、価値観を共有している。凄い事では無いか!その時凄く感動した事を今でも覚えている。

 再びウマイヤ・モスクへ戻れば、神々しくライトアップされており昼間とはまた違った美しさを醸し出している。モスクを出てスーク・ハミディーェに戻ると、昼にも増して人でごった返していた。その中でも一際人だかりが出来ていた行列を覗き込めばそれは地元っ子に大人気のアイスクリーム屋さん。ベールを被ったおばさん。そしてその子供達。そしてひげ面のおじさんも。そして私もその行列に参加してアイスを頬張りながらホテルへ戻った。その味は甘いのが大好きなアラブ人らしく本当に甘ったるいものだった。

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 その時私がダマスカスで見た光景は余りにも平和なひとときだった。それがどうだ?平和とはなんと脆いものか?一瞬にして崩れてしまう様なバランスの上で平和は成り立っている。私達のバランスは今如何なものであろうか?