旧ユーゴスラビアを旅する完全版+セルビア編ミロシェビッチと言う男

 一連のユーゴスラビア紛争は結局NATOアメリカの空爆、そして事実上のコソボ独立と言う形で終息を迎えた。

 その後セルビアを一方的に悪者とみなした様な西側の報道や攻撃を非難する様な声も高まった。勿論それらの発言はある意味正しい。戦争に正義は無い。どちらも悪いのだ。しかしこの紛争の場合、本当の悪はNATOでもアメリカでも無い。彼等が決して紛争を始めた訳では無いのだから。此処ばかり追求すると本質を見逃す。

 では誰が悪者だったのか?やはり此処は連邦の中心であったセルビアと言わざる得ない。いや正確に言えばセルビア人もまた被害者であり、その元凶はスロボダン・ミシェロビッチ即ち当時のユーゴスラビア連邦の責任者だ。

イメージ 1


 他のユーゴスラビアの構成国も民族主義者が台頭していたのは事実だ。しかしミロシェビッチはそれを束ねる連邦の長故他の構成国の責任より重大な責任が課せられるのは当然の事。更に彼は連邦の軍隊である筈の連邦軍セルビアを守る為、他の連邦国の独立を阻む為に使用した。連邦軍は連邦内唯一の軍隊であった為、独立を目指す国々にはまともな軍隊が存在しなかった。だから独立を目指した国々は警察に毛が生えた程度の装備で圧倒的な連邦軍を駆使するセルビア軍と戦わねばならなかった。アメリカやNATOによる空爆が一方的だと批判があるが、セルビアもまた軍事力的には一方的な攻撃を加えていたのだ。

 地続きであるヨーロッパ西側の国々にとってこの紛争は難民問題等切実な問題にも繋がっていたので、EUの前身であるECが調停に乗り出すのは当然の結果だ。その内容をぶっちゃけると

「独立を先伸ばしにする代わり、構成諸国の自治権を強化する。即ち連邦の権限を低く設定する」

 の様なものだった。これは連邦で会議されセルビアを除く全ての国が賛成した。即ち調停案は可決し、これが実際行われれば多くの犠牲者を出したユーゴスラビア戦争は起こらなかった。私はこの件が一番悔しく思う。

 しかし自分の権限が無くなる事が耐えられなかったミロシェビッチは、セルビアとほぼ同じ民族であるモンテネグロの大統領を脅迫し反対票を入れさせてしまう。そして調停案は失効し、セルビアクロアチアの攻撃を再開、ボスニア紛争へと続き、死ぬ必要の無い命が残酷過ぎる方法で失われる結果となった。

 当然この行為は西側諸国を激怒させNATOの攻撃を受けて停戦。セルビアは多大な軍事費と国民の命を失いながら結局4つの構成国に独立され残るはモンテネグロだけとなってしまった。

 ミロシェビッチモンテネグロだけは引き留めようとそれまで大切にしてきたユーゴスラビアと言う名前を捨て、セルビア・モンテネグロと言う二つの国名を連記する国名とした。これにて地図上からユーゴスラビアと言う地名が無くなる事となる。

 しかしモンテネグロも今となっては西側諸国と仲良くしたい。将来的にEU加盟を目指すには、西側諸国に顰蹙を買っているセルビアと手を組んでいるのは賢明では無い。しかもモンテネグロアドリア海沿いに観光資源となる都市を抱えセルビアよりも財政が好調だ。即ちモンテネグロにとってセルビアは最早泥舟だったと言う訳だ。こうしてミロシェビッチは盟友モンテネグロからも見放されてしまう。こうしてユーゴスラビアは名実共に消え去ったのである。ユーゴスラビア王国、そしてユーゴスラビア連邦ユーゴスラビアは二度死んだのである。

 更にお次はコソボの独立騒動だ。これも紛争の直接的原因を作ったのはミロシェビッチ自治権を大幅に削った事に発する。ボスニアの件で 西側の介入を受け懲りてるだろうに、またまた同じ手口で策も無く暴力に頼った彼。勿論二度目の介入には一度目以上の条件が突きつけられた。罠と知っていてもミロシェビッチはそれを拒否、空爆と言う流れになる。どんな独裁者も西側に敵わないのを良く知っていて口八丁を使いこなして災難をのらりくらりとかわすものだが、ミロシェビッチは自らの権力に固執するばかりで何の脳も無かったのか?結局なし崩し的にコソボは独立を宣言。ミロシェビッチユーゴスラビアを失ったばかりか自国領まで失う結果となってしまった。

 ミロシェビッチは当然の結果だが、この後選挙で破れて失脚するも、最後の最後まで往生際が悪かった。そして最終的には国際裁判にかけられる。だが普通ならセルビアは引き渡しの拒否権を持っていただろうから引き渡されない可能性の方が強かった。だが結果彼は引き渡された。つまり経済援助の身代わりにミロシェビッチは国に売られたのだ。過激な民族主義者として多くの血を啜った結果、連邦の全ての国にそっぽを向かれ、自国領も削られ、そして最後には国民からも見捨てられ、最期は国際裁判の審議中に獄死した。過激な民族主義者の哀れな最期だった。

 連邦内に多くの犠牲者を出し、そして一番守るべきセルビア人も多くの犠牲者を出し、西側諸国に悪のレッテルを張られ、イメージダウン、経済悪化。セルビア人もまたミロシェビッチと言う民族主義者の犠牲者だったと言えよう。

 罪を憎んで人を恨まずでは無くて、ミシェロビッチを憎んで、セルビア人を憎まず。色々ミシェロビッチを叩いてきたけど、私はセルビア人は大好きだし、今回旅してセルビアで嫌な奴一人も会わなかったし(大体旅してると一か国に一人くらいは嫌な奴いるもんだけど…)本当素敵な国だったので、今は未だ観光客も少ないし、イメージが完全に回復した訳でも無いし、コソボとの関係が解決したわけでも無いし、人々に残された傷跡が癒された訳でも無いし、経済も未々良くないし、乗り越えていくべき壁は高いけど少しづつでも前を向いて進んで欲しいと心から願う。