インド旅行記後編5

 名君3代目アクバルによって築かれたムガル帝国の最盛期。王朝に安定が訪れると文化が花開くものだが、4代目ジャハーン・ギールは政治、軍事には大きな仕事を残さなかったものの、詩や絵画の部分で活躍を残した。続く5代目シャー・ジャハーンはムガル帝国の建築王として名を残している。

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(ジャハーン・ギール ラホール博物館蔵)

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(シャー・ジャハーン ラホール博物館蔵)
 4代目ジャハーン・ギールは詩と絵画に才覚があった文才の人であり健康的にも余り恵まれなかった。しかしそんなか弱い4代目が無事任期を全うしたのは妻ヌル・ジャハーンの活躍が大きかったと言える。

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(ヌール・ジャハーン ラホール博物館蔵)
 彼の妻ヌル・ジャハーンは夫が病に倒れると政治的な部分でも夫の代わりを務め、夫が亡くなると彼の霊廟を築き、更に一回り小さな霊廟を建て自ら其処に永眠した。正に良妻賢母だったと言える。

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(ジャハーン・ギール廟 ラホール)

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(ヌール・ジャハーン廟 ラホール)
 そんな死んでも尚夫を立てる良妻賢母のヌル・ジャハーンとは対照的だったのが5代目シャー・ジャハーンの妻ムムターズ・マハルだ。シャー・ジャハーンはジャハーン・ギールに比べ文武両道に秀でた王。そんな王の妻としてムムターズ・マハルは王の寵愛を一身に浴びながら生きた。

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(ムムターズ・マハル ラホール博物館蔵)
 イスラーム教は複数の妻帯を認めているが、ジャハーンはムムターズ一人しか妻を娶らなかった上に、ムガル帝国三大都市のひとつラホールには、彼女の為にシャリマール庭園を築き、ラホール城には壮大な鏡の間を築いた。

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(シャリマール庭園 ラホール)

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(鏡の間 ラホール城)
 彼女と言えば霊廟であるタージ・マハルが圧倒的に有名だが、彼女は生前からあらゆる贅沢を与えられていたのだ。そんな彼女は生前に「私が死んだら世界一のお墓を作ってね!」とシャー・ジャハーンにおねだりしていたそうである。

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 そしてそれを現実にしたものこそがタージ・マハルだ。壮大な正門を潜ると、イスラームで楽園を示す田の字型に水路を巡らせた庭園の向こうに白亜の大理石の霊廟が見える。イスラームの美学である相対(シンメトリー)がふんだんに表現されている。

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 しかし良く良く先代までの霊廟と比べると、不思議な事に気づく。イスラームで楽園を示すと言う田の字型に水路を切った庭園。先の王の霊廟は例外無く、その田の字の中心部分に霊廟が建てられていた。中心に霊廟を置く事で、どの方向から見ても同じに見え、相対美が完成するからだ。しかしタージ・マハルは田の字の中心では無く庭園の奥に建てられている。

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 それは何を意味するのか?それはタージ・マハルが完成形では無かった事を意味しているのだ。シャー・ジャハーンの構想では、純白のタージ・マハルの背後に流れるヤムナー川に橋を渡し、その川の向こうに漆黒のタージ・マハルを建造し、自らは其処に眠る。その更に奥に田の字の庭園を作れば、ヤムナー川を挟んで二つのタージ・マハルと庭園となり、相対美が完成する筈だったのだ。

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 では何故そうならなかったのか?タージ・マハルを見れば一目瞭然なのだが、その建造には多額の資金が必要だった。それは国家財政が傾く程だったと言われる。そんな矢先、ムガル帝国は後取りを考える頃合いにもなっていた。

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(タージ・マハルの左右に建つ迎賓館とモスク)
 シャー・ジャハーンが押していたアクバル同様融和路線を考えている長男、そんな彼を打倒しのしあがってきたのは三男アウラングゼーブだった。

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(アウラングゼーブ ラホール博物館蔵)
 アウラングゼーブはイスラーム一辺倒な男だった。イスラームは本来壮大な霊廟は築かない。そんな宗教的感覚だったか?実際に国費の浪費を心配したのか?アウラングゼーブは廟の建築に全てを注ぐ父シャー・ジャハーンをアグラー城に幽閉し自ら6代目皇帝の座に座る。

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(アグラー城)
 アグラー城のシャー・ジャハーンが幽閉されていたと言われる塔からはヤムナー川沿いにタージ・マハルを眺める事が出来る。その距離約2キロ。近いようでもあり遠くも感じる。いったいシャー・ジャハーンはどんな面持ちでタージ・マハルを眺めていたのだろうか?

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 こうしてシャー・ジャハーンの夢は潰え、そしてアグラー城から解放される事無く彼はアグラー城で人生を終える事になる。結局シャー・ジャハーンの死後霊廟は築かれる事無く、今はタージ・マハールの中の愛するムムターズ・マハルの脇に彼は眠る。

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 全てが相対的に作られた霊廟の中で唯一後付けで置かれたシャー・ジャハーンの棺が相対美を破ってしまっている事はなんとも皮肉としか言いようが無いが、それであってもそれだけ愛した妻と一緒に永遠を過ごせるのだからそれはそれで幸せだったのではないかと思う。