インド旅行記前編6

 アグラーとタージ・マハールについては二度目のインドの旅で詳しく書こうと思うから、此処では簡単に済ませようと思うが、此処で出逢ったイスラーム王朝の王妃の墓標タージ・マハールの世界観は、ヒンズー教の聖地ヴァラナシのカオスに満ちた混沌の世界とは真逆な数学的な相対美の世界であり、喧騒と混沌なインドの街並みの中で、その庭園だけが多くの観光客で溢れているにも関わらず静寂な空間を作り上げていた。

 タージ・マハールはインド屈指の観光名所と言う事もありインド国内の修学旅行生らしき集団も多く、そんな彼等にとっては観光客はうってつけの英語会話の相手となるので様々な学生と触れ合いがあった。彼等の質問は時に専門的で、私の朧気な英語では答えきれないものもあって驚かされた。彼等の制服は清潔で私より身嗜みも正しい。きっと彼等はこの国のハイカーストに違いない。私がこれまで出逢ってきた、デリーの引きづられていった少年やヴァラナシで1ドルでガイドを引き受けてくれた少年とはまるで違う世界で育った少年達だ。

 インドには両極端が常に隣り合わせに存在していた。混沌と秩序、喧騒と静寂、貧困と富裕、聖と俗…。もしかするとこのインドの相対を潜り抜けてきたからこそ、タージ・マハールの相対美=シンメトリーが私の中で強烈なイメージとなって今も残っているのかもしれない。

 さて、私は最初アグラーを通過してヴァラナシを尋ね、わざわざアグラーへと引き返した。当初の予定なら、再度引き返してヴァラナシを通過しブッダガヤへと向かう行程となる。でもそれは何処か馬鹿馬鹿しくも感じた。そして旅する中、とてもエロティックなレリーフに満ちた寺院が建ち並ぶ遺跡がある事を知り、私は計画を変更し、其処へと向かう事にした。

 其処へは鉄道を乗り継ぎバスに乗り換え向かう事になる。途中鉄道の乗り換えにはちょっとした距離を歩かなくてはならなかった。時間は夜半。そんな駅から駅へと向かう道中、同じく駅へと向かう集団の中に日本人数人が固まっていた。

 その内の一人が無性にリーダーぶっていて皆を纏めようとしている。それは私の一番苦手なタイプだった。

「此処は危ないから日本人は集団行動しよう!」

 私は旅の最中は日本人を避ける。わざわざ海外まで来て日本人とつるむなんて海外出てる意味が無いと感じるからだ。だからなるべく彼等とは距離を置いて関わらず乗り換える駅へと向かった。

 これまで散々私を悩ましたインドの列車、今回はホテルのスタッフにじっくりアドバイスを受け、向かう先へのチケットの駅員への伝え方をメモに書いて貰っていた。そんな訳ですんなりと私はチケットを入手出来た。さて改札へ向かおうとしたその時だった。

 先程のリーダーぶった日本人がツカツカと私の私の行く手を阻んだのだ。

「君日本人だろ?みんな乗り換え方を検討して困っているところなんだ。君が解っているのだったら、それを皆に教えるべきじゃ無いか!」

 頭ごなしに怒鳴られ、暫し唖然とした。頼まれたなら断る理由は無い。でも怒鳴られる筋合いは無い。更に「日本人なら~すべきだ。」と言う台詞は私の逆鱗だ。「なぜ日本人なら~しなければいけないのか?」意味不明な村社会のルーチンに私も怒りがこみ上げてきた。

「はぁああ?それが人にものを聞く態度か?人に頼りたいのなら、最初からジャルパックでも参加した方が良いんじゃないかい(笑)!」

 私は彼を押し退け列車へと向かった。車内で未だ怒り収まらずにいると、私の寝台の横にいた線の細そそうな欧州人が私に言った。

「彼等、間違った列車に乗っちゃったよ。同じ日本人なんだろ?助けてあげなよ!」

 私は「日本人なのだから…○○すべきだ。」と言う、そうした同調圧力が大嫌いだ。それは今も決して変わらない。だからこそ一人で海外に出る。

「なら君は彼等が日本人で無いとしたら助けなくても良いと言うのかい?間違ってから…彼等の本当の旅が始まるんだ!」

 彼は押し黙り列車は静かに動き出した。暫くして夕食が配膳された。ふと隣を見ると欧州人の彼の体が小刻みに震えている。

「君、本当にこれ、美味しいと思う?」

 彼は料理を前に身動き出来ずにいる。私は右手で米を纏めるとカレーに浸けて口に放り込む。旅の神様は時に残酷だと思う。失敗しても、騙されても、カルチャーショックを受けても、それを受け入れ前を向いた者にだけ微笑みを返すが、それが出来なかった者は無惨に振り落とされる。多分横にいる彼は二度とインドに来る事は無いだろう。

 インド程旅人の好き嫌いが分かれる国は無いと旅人は言う。勿論酷い部分はスルーできるパッケージツアーならある程度は回避出来るが、全てを自分でこなさざる得ないバックパッカーの旅では、潔癖性の人なら最初の一日で両手を挙げる事になるだろう。そうでなくとも日本人の感覚からすると初見「ふざけんな!」と叫びたくなる事だらけだ。しかしこの毒まみれの様な世界観は、不思議と旅人を魅了するのもまた事実なのだ。そして私も、これだけ酷い体験をしながら、インドの魅力に引かれつつあった。