明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

  旅した順番は前後したが、これまで私が旅した記録を繋ぎ合わせ、シルクロードの旅を綴ってきた。そうする事が私のイマジネーションを膨らませ、コーカサスを旅する事を決意させ、そしてイスタンブールで締め括った。

 東では仏教の辿った足跡を追った旅は、やがてイスラームの史跡を追う旅となり、西ではイスラームの足跡にキリスト教文化が重なっていった。

 中国の木の文化は西に進べば、草も木も生えない砂漠と変わり、石材も乏しいそんな地方では日干し煉瓦や焼成煉瓦で住居を築く、土の文化へと移ろった。中央アジア西アジアがそれにあたる。そしてカスピ海を渡りコーカサスに入ればゴリス、カッパドキアと言う奇岩地帯を訪れ、其処に人々が暮らした痕跡を見た。それは石の文化圏に入った事を私に教えてくれた。

 風景も文化も人々の顔立ちも、東から西に向かうに連れて緩やかに変化していった。しかしそれでも人々の親切、笑顔、そうしたものは決して変わる事は無かった。太古の昔から交易で東と西を結んだシルクロード。人と人は結ばれているのだ。

 シルクロードと一言で言うが、それは企業や国が定めたものでは無い。人と人が生きる為に交易を行い、その結果ユーラシア大陸を股がる交易路が繋がった。故に何処がスタートで何処がゴールかは時代で変わったし定められたものでも無い。

 ルートも同様レールが敷かれていた訳では無いから情勢、季節、様々な要因から終始変化していった。東西のルートでも無数に分岐していったし、東西に限らず南北にも交易ルートは存在した。いや、ユーラシア大陸全体をまるで毛細血管の様に交易ルートが張り巡っていたと想像した方が良いだろう。シルクロードはそんな中で大動脈にあたる部分であったと言う事だ。

 一つの国を訪れ、その国の文化や歴史に触れる事で、その街から繋がった道が私を誘う。今回そんな中の大動脈を辿ってみた。次訪れる街は、そしてそこから続く道は、私を何処へ誘っていくか?私の旅は果てしなく続く。

 シルクロード旅行記を書こう!そう思って書き始めてからおよそなんと一年。書き初めの頃、全く予想にもしなかった長丁場となった。これまで長い間お付き合いして頂いた読者の皆様。本当にありがとうございました。また宜しくお願いします。

今年も宜しくお願いします。

謹賀新年
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