シルクロードを西へ!コーカサス編ジョージア・シャティリ3

 7月7日、再び断続的に雨が降る一日となった。カッパを着て現状視察に赴いた。土砂崩れの現場はいつの間にかブルドーザーが整地してくれていた。しかし、しかしである。目の前には全く喜べない状況が広がっていた。否、その光景は喜ぶどころか我々を絶望の底へと突き落とす光景だった。道が無くなっているのだ。濁流と化した川が、川の流れが直接当たる部分を削り取っていく。
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 土砂崩れなら未だ良かった。ブルドーザーが到着さえすれば、小規模の土砂崩れなら復旧は早い。しかし道路自体の崩壊により事態の深刻さは重大なものへと変わった。崩れてしまった部分を復旧するには、川の水位が減るのを待ち、土を運んで来て埋め立てなければならない。崩壊している場所は此処だけでは無いだろう。だとしたら我々はいつになったらこの村から脱出出来るのか?これは長期戦になる。今日明日の予定どころか、帰国の飛行機さえ危うい事態に旅人達の間に暗澹たるムードが流れ始めた。
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 それに私はとても長期戦に備えられる状態では無かった。シャティリ村訪問はジョージア最後だったので、ジョージアの通過は必用最低限しか持ってない。両替したくてもこの村には両替商は一人もいない。
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 停滞するムードに苛ついたのか同宿のポーランド人は、この危機にさえのんびりと構えるジョージア人をハッピーピープルと皮肉った。私は嘗てヤングジャンプに連載されたブラック・ユーモアがタップリ効いた同名の漫画を思い出してしまい、思わず吹き出しそうになってしまった。しかし皮肉も嫌みも無く私はジョージア人をハッピーピープルだと思うのだ。この絵画的風景の中、のんびりと暮らす彼等、確かに経済水準は日本より低いかも知れないが、殆どの人が一軒家に住めている。どっちがハッピーかなんて一概に言えない。
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 シャティリに滞在していると言うか閉じ込められている旅人は議論好きの欧州からのハイカーさんが多かったから、あれこれ良く話し合った。彼等は口を揃えて日本を褒め称えてくれる。中には日本に実際訪れ、その感想を述べてくれた。
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 私は返す。確かに日本は世界でも有数の便利で快適で安全な国だとは思うよ。でも豊かさって点ではどうかな?例えばGDP、貴方達の国よりチョッピリ高いとは思うけど、貴方達はどれだけ休暇貰ってる?我々の休暇なんて貴方達の半分にさえ充たないよ。GDPを労働時間で割ったらどうなるんだろう?豊かさを貨幣だけを基準にして計るのは発想力が貧しい証拠だ。
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 快適で便利な暮らしと引き換えに我々は狭苦しい部屋に暮らし、ぎゅうぎゅう詰めの列車に揺られ仕事に行く。五分の遅刻でも大事になる程時間に追われ、1日十数時間働いている人もざらにいる。それで心が折れて高層ビルからダイビングしてしまう人もいる。過労死って言葉知ってるかい?日本発祥、固有の言葉らしいね。誇りに思うよ(笑)それなのに非正規雇用は増えるばかり。そんなストレス大国で貴方達は暮らしたいと思うかい?
 
「君からはそんなストレス感じないけどね。(笑)」
 
「私は日本人の落ちこぼれだからね。」
 
 更にこの国の恐ろしいところは同調圧力が物凄いって事さ。右に習え、長いものには巻かれないと生きていけないのさ。国民自体がそんな風潮だからある意味ゲシュタポよりKGBより最強だろうな。誰も現状が異常だとは気づかないんだよ。島国だしね。ある時
 
「もっと休暇が多くならないかな?」
 
 って愚痴溢したんだよ。そしたら同僚が何と言ったと思う?
 
「そんなに休み多くても何して良いか解ら無い。」
 
 だって。情けないやら、哀しいやら、返す言葉を失ったよ。この国の労働者のワーカホリックは末期症状だよ。仕事以外に自分のやりたい事さえ見つけられなくなってるんだよ。信じられる?お互い他人の庭は美しく見えるものさ。無い物ねだりなんだよな。私にはこの村の何もやる事無さが、非常に心地良く感じるよ。
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 しかし、そうも言っていられない状況もあった。食料事情だ。グループのハイカーさんが買い占めてしまったか、ゲストハウスが併設している村唯一の売店には私が駆けつけた時には最早ビスケットしか食べ物が無かった。今なら食事を頼めば作ってくれるが、村の食料の備蓄がいつまで持つやら…。そんな話題にポーランド人が口を挟む。
 
「大丈夫さ。そこら中にビーフが歩いてる。」
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(何ですと!)
「チキンもいっぱい歩いているね。ポークだってあるぞ!まるで川はカフェラテだよ!飲み放題!今夜はバーベキューだ!」
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(ヤ、ヤベェ…)
 どうやら我々は本家漫画のハッピーピープル以上にブラックユーモアが効いたハッピーピープルに成りつつあった。
 
「そう言や、7月7日の今宵は日本ではトラディショナルなフェスティバルの日なんだよ。昔々夜空のアルタイルとヴェガって星にそれぞれ男女が暮らしていて、そりゃ仲が良かったんだ。だけどそれが災いして、二人は一年に一度ミルキーウェイでしかデートしちゃいけない事に決められてしまったんだ。
それで、一年に一度の逢い引きに、せめて晴れてあげて欲しいと人々は願う様になったんだと。
そんな訳で我々はそれに因んで今夜はそれぞれの願いを書き留めてバンブーに飾って祈るんだ。」
 
「日本版Wish upon a starだね!」
 
「こんなに切実にこのフェスティバルに願いをかけるなんて小学生以来だよ。明日晴れると良いね!おやすみ!」
 
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 ポーランド人は例え晴れても道が治らなきゃ仕方無いと悲観的だったが、私には確信があった。私はロシア語が理解出来ず、その点では情報収集に於いて周囲に期待するしか手段は無いと思っていた。が、実は強力な味方がいた。往きにチャチャを振る舞ってくれた巨漢のオバチャマ軍団だ。道路状況を視察し凹み顔でゲストハウスに戻る途中彼女達に会ったのだ。
 
「大変な事になっちゃいましたね。」
 
 とヘタリ顔の私にオバチャマは巨漢を揺すりながら私を激しく揺さぶりこう言った。
 
「元気出しなさい!明日もし晴れればヘリコプターがきっと救援に来てくれるわ!」
 
 糠喜びさせてはならないと思い皆には伝えなかったが、明日晴れさえすれば我々は助かるのだ。どうやら眠れない夜になりそうだ。