シルクロードを西へ!新疆編5鳴砂山

 敦煌で私が楽しみにしていたもの、それは鳴砂山。砂漠は世界中至る場所にあるが、実を言うと我々がイメージする砂の砂漠はそれほど多くは無い。鳴砂山はそんな砂砂漠を堪能出来る場所で有名な場所だ。私はモロッコサハラ砂漠を訪れて以来、砂漠の魅力にとり憑かれている。まるで前世砂漠で生きていたかの様に。

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 砂漠の中に枯れる事無く沸いていると言う不思議な池、月牙泉、そこから砂漠へと登っていった。鳴砂山はその名の如く鳴き砂だ。見下ろせば月牙泉がどんどん小さくなっていく。何が楽しいか解らないが、私は砂漠が大好きだ。砂まみれになりながら、砂漠を堪能した。

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 帰りは月牙泉から観光用の駱駝に乗って入り口まで戻る。サハラ砂漠では一瘤駱駝が活躍したが、此方では二瘤駱駝が活躍する。寒冷地に暮らす駱駝だけあって毛がフサフサして心地良い。瘤と瘤の間に跨がれるので乗り心地も良かった。

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 鳴砂山を後にして再び寝台列車に乗る為にゴビ砂漠を疾走する。日が暮れていく。晩秋のゴビ砂漠の風景は寂寥としていて物悲しい。玄奘三蔵はこんな何も無い荒野を鋼鉄の様な意思で渡っていった。

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 砂漠の中では飲み水さえ手に入らない。入るとすれば砂漠の中に配置された烽火台だが、密出国者の玄奘は、其処に立ち寄る事さえままならない。しかし仏教を敬虔に信じる灯台守が、仏教の経典を求めて命懸けで旅する玄奘に感銘し、彼を匿い、連携して彼の旅を擁護したと言う。

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 更に玄奘はオアシスの街では物乞い紛いの説法で資金を稼ぎ旅の糧として旅を続けたと言う。自分の目指す事を達成する為には一瞬のプライドにすがる事無く、どんな困難も乗り越えて彼は西を目指した。

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 冬は極寒、夏は猛暑のゴビ砂漠。時に砂嵐は竜巻となり、炎暑には蜃気楼が幻影を作り出す。その先には彫りが深く鼻が高く、碧い目をした異形の人々が聞いた事も無い言語を操る。西へと進めば4千M級の山々が連なる天山山脈が、更に進めばヒマラヤ山脈が立ちはだかる。

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 昔の人々が、そうした異形の人々を妖怪変化と思い、不思議な自然現象を妖怪変化の仕業と思っても不思議では無いだろう。そしてそんな妖怪変化の術の中を潜り抜けて生還した玄奘三蔵は、きっと妖怪変化の助けを受けて無事帰還を果たしたのだと当時の人々は思ったに違いない。こうした伝承が紡がれて出来上がった物語こそ西遊記なのである。

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 ゴビ砂漠を通り抜け柳園駅から再び夜行列車に乗り込み、私は玄奘の足跡を追うかの様に西へ西へと歩みを進めた。