八つ墓村 後編

 八つ墓村の原作とはどう言う物語だろうか?実は犬神家の一族や獄門島の様な横溝氏の金田一シリーズの王道とも言える作品とは違い、変化球の作品であると言える。金田一シリーズは長編、短編を合わせると50作にも及ぶシリーズであり、作者、読者共々時には変化球的作品が望まれたのだろう。

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 八つ墓村は事件に巻き込まれる主人公、辰弥の手記と言う形で進行する。即ち彼の視点、体験談として物語が進行する。従って探偵金田一の活躍は彼の見た範囲でしか描けないから活躍の舞台が限定されてしまう。だから一般的な推理ものではこうした手法は取られない。

 ではどうして横溝氏は八つ墓村で探偵以外の人物を主人公にして一人称の物語を作ったのか?金田一が出てくるので推理ものである事は間違いないが、それ以上に別の要素を強調した作品を作りたかったのは間違いない。それは、通常なら探偵金田一が事件の調査を依頼され現場に赴くと言う設定なのだが、この物語では別の事件の帰り道に別件で八つ墓村を訪れて事件に巻き込まれると言う設定になっている事からも、横溝氏が、この作品は変化球的作品である事を暗示している。

 なら、一人称で物語を描いた場合の長所とはいったい何だろう?それは読者が主人公に感情移入して、まるで物語の主人公気分で読み進められる点にあると思う。だから俯瞰視点で客観的に理知的に推理を働かせる推理小説より、スリリングで急展開なアドベンチャー的要素の作品こそ、一人称の物語は効果があると言える。八つ墓村も正しくそんな冒険憚として描かれた物語なのだ。

 終戦間もない日本の神戸、そこで身寄りも無く細々と暮らす主人公に、ある日岡山の山村の大地主の跡取りになる様以来が舞い込んだ。

 まるでシンデレラストーリーなのだが、それでおしまいなら物語にならない。それどころか「お前が来ると血の雨が降る。」と言う不気味な警告状が届き、身元引き受け人として訪れた義父もその場で毒殺されると言う立て続けの不気味な事件が主人公を襲った。

 ガクブルの主人公だったが、以前から自分の出生を知りたかった事もあり、引き受け人代理として現れた美麗な女性にエスコートされ故郷である八つ墓村へと向かうのであった。

 そこで彼は八つ墓村の謂れと驚愕の事実を知る。戦国時代、毛利との戦いに敗れた尼子一族の残党がこの村に逃げ延び暮らし始めた。最初は友好的だった村人も、毛利の落武者狩りが激しくなると、その恩賞金更には落武者が持参しているとされる財宝に目が眩み、落武者8人を皆殺しにしてしまう。

 しかしその後村には怪異が立て続けに起こり、果てには首謀者である田治見庄左衛門が乱心し村人を切り捨て、自分の首をはねて自決する事件が起こった。その犠牲者が落武者と同じ8人。以来落武者の祟りと思い込んだ村人は、八人の落武者の墓を築き弔った。以降人知れずこの村は八つ墓村と呼ばれる様になった。

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 時代は過ぎて大正の時代、落武者惨殺の首謀者の子孫田治見要蔵が再び乱心、村人32人を惨殺する事件が発生、村人を祟り再来と震撼させた。主人公が跡継ぎとして向かう家こそ、田治見家、そう!なんと彼は32人殺しの子供として八つ墓村に赴く事となったのだ。

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 祟りだけなら未だしも、村には現実に32人殺しの犠牲者達も多く存在し、主人公はそんな超アウェー状態で八つ墓村入りする。入ったと思えばまるで先に頂いた警告文を実証するかの様に立て続けに起こる連続殺人。次第に主人公は精神的に追い詰められていく。

 やがて止まらぬ連続殺人に、祟りを信じ、32人殺しの恨みを持った村人は痺れを切らし、集団ヒステリーとなって、辰弥を犯人と決め込み、自分達で捕まえようと田治見家に雪崩れ込んだ。間一髪屋敷から続く鍾乳洞に身を寄せる主人公だったが、追っ手もそれに気づき鍾乳洞に雪崩れ込む。

 主人公は逃げ切る事が出来るのか?それだけでハラハラさせられる展開なのだが、そこに主人公の出生の真実、それにリンクして尼子の落武者達の残した埋蔵金の行方、そして超アウェーの中、唯一の心の支えであったヒロインとの恋の行方、そして勿論真犯人は誰なのか?様々な要素が螺旋の様に絡み合って、息もつかせぬ展開でクライマックスまで突進する。

 そしてラスト。大抵の推理小説は、トリックが見破られ、事件が解決してスッキリはするものの、事件の背後に人間の業の深さにズシンとくる様な結末を迎えるものだが、八つ墓村は爽快なまでのハッピーエンド。勿論おどろおどろしい因習のあった村で、何人もの人が犠牲になった連続殺人事件の起きた後には変わらないのだけど、まるでアクション映画を見た後の様な読了感が残る。これこそ作者横溝氏が推理小説には不向きな一人称視点でこの物語を書いた動機だと思うのである。

 松竹版を始め、映画ではホラームード漂う金田一シリーズへの期待から、恋愛要素や冒険要素はおろかメインヒロインまで省略されてしまったが、原作八つ墓村は横溝版シンデレラボーイストーリーとも言えるロマンティックな作品でもある。

 八つ墓村を単におどろおどろしい怖い話と食わず嫌いしている人に、松竹版のイメージに囚われ続けている人に、是非読んで頂きたいのが原作八つ墓村だ。