怪獣使いと少年

 少年佐久間良は北海道江差の貧しい家庭に生まれ、父は上京したまま蒸発、母は病死してしまい天涯孤独の身になって父を探しに上京するが、そこで怪獣に襲われてしまう。

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そんな彼を救ったのは、地球に環境調査に訪れていたメイツ星人だった。彼は怪獣を超能力で封印すると、自分の宇宙船も地中に隠し、自分は金山と名乗って、ひょんな事から出逢った良少年と一緒に暮らす事となった。

その後天涯孤独の身の良少年はメイツ星人こと金山と本当の父子の様に暮らすが、当時東京を覆っていた大気汚染はメイツ星人の体には悪影響過ぎて、彼は弱り、自分の埋めた宇宙船さえ地上に戻す能力を失い自分の星に帰れなくなってしまった。

そんなメイツ星人を自分の星に帰らせてあげようと良少年は日々穴を掘って宇宙船を探すが、河原のあばら屋に住んでいる貧しい身なりや、日々穴を掘っている奇行から、周囲に住んでいた不良にからかわれ、それは日々悪質化し酷い虐めとなってしまう。

そんな事態を見かねたメイツ星人は残された念力で良少年を救うが、それが仇となって、良少年は町の人々に宇宙人扱いされパンさえ売って貰えなくなる。ある日不良達が犬に命令して良少年を襲わせ、それをメイツ星人が超能力で倒した事をきっかけに町の人々は宇宙人を放って置いたら何をされるか解らないとばかりに棍棒等で武装して良少年が住むあばら屋に押し寄せた。

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良少年の身元を調査していた郷隊員は市民達を制止に走るが、暴徒と化してしまった群衆は耳を貸す事は無かった。泣き叫ぶ良少年、その光景を目にしたメイツ星人はヨタヨタと市民の前に出て来ると、「どうして出てきちゃたんだよ!」と悲しむ良少年に「もう良いんだ!」と諭すと、

「待ってくれ!宇宙人は私だ!その子は私を守ってくれていただけだ、宇宙人じゃない!さぁ、その子を自由にしてやってくれ!」

と群衆に伝えた。

そして刃はメイツ星人に向かい、群衆が暴れ狂う中警官は発砲し、メイツ星人は命を落とした。泣き崩れる良少年、そしてメイツ星人が死んだ事で、メイツ星人の封印が溶け、怪獣ムルチが復活した。

「怪獣が出た!マットなら怪獣を倒してくれ!」

と騒ぐ群衆に郷隊員は無視を決め込む。

「勝手な事を言うな、怪獣を誘き出したのはあんたたちだ。まるで金山さん(メイツ星人)の怒りが乗り移ったようだ。」

しかし托鉢僧に扮した伊吹隊長に

「何をしてるんだ!町が大変なことになってるんだぞ!」

と諭されると、唇を噛みウルトラマンに変身してムルチと戦ったのであった。

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帰ってきたウルトラマンが放映された頃、日本は高度成長期の影の部分、様々な公害に悩まされた時期でもありました。それ故作品にも公害が多く取り入れられシリーズ全体的に暗い影を落としています。

この作品に登場する怪獣ムルチは魚の怪獣ですが、当時日本で大問題となった水俣病イタイイタイ病水質汚染を投影した怪獣でもあります。またメイト星人も日本の大気汚染に蝕まれ瀕死の状態になってしまいます。作品では川崎の工業地帯が吐き出す噴煙が写されていますが、画言う私も工場の煤煙による喘息を持ち、当時公害病認定を受けていたので、子供心にとても他人事では無く感じていました。

そして更に、いやそれ以上にこの作品は、偏見、差別、虐め、恐怖に煽られた集団心理の恐ろしさ等重いテーマに彩られています。彼等が川原に暮らしているのは部落差別、メイト星人の地球名「金山」は在日朝鮮人差別、良少年の出身地「江差」はアイヌ民族差別を暗示させ、日本人が持つ差別意識を象徴させているとも言われています。

それはともかく、日本には昔から村八分、戦中は非国民等集団によってマイノリティを袋叩きにする悪い傾向があるのは事実だと思いまし、恐怖に駆られた群集が日頃差別する人間に刃を向ける。そんな事件も事実起こっています。(注1)今日でも間断無く報じられる虐めによる自殺、後藤さんへの徹底的なバッシングなどその最たるものだと感じます。

古来人々は民話や神話にて人は異形、異文化、異教徒、異民族…こうした異なった価値観を持つ人間を差別し、忌み嫌って怪物として語り継いできました。(注2)人間なら少なからず持ってしまう差別や偏見…こうした差別や偏見が築き上げた象徴こそ怪獣であり、そして此方側の都合を守る為に怪獣を倒す存在として利用された者こそ正義のヒーロー、だからこそ郷隊員は変身を拒んだのです。それは、ウルトラマンシリーズの根底にある一方的に敵を叩くのでは無く「人類と宇宙人は共存できないのか?」と言うテーマが奥底に秘められているからだと思うのです。

また、作品の中でメイツ星人は弱い立場の良少年を匿って、一片足りとも地球人に刃を向けなかったにも関わらず、ただ宇宙人と言うだけで差別を受け、終いには殺されてしまいます。例えその頃の日本が毎週の様に宇宙人の侵略に脅かされ、宇宙人に対する憎しみや恐怖が民衆の間に染み付いていたにしろ、無抵抗な無実の宇宙人を殺めてしまうのは許される行為なのでしょうか?宇宙人なら悪者呼ばわりして良いのでしょうか?

人はとかくひとつの事を全体の事として捉えてしまう欠点を持った動物です。例えば、マナーの悪い中国人を見たら、中国人はマナーが悪いと、さも中国人全体がそうであるかの様に考えてしまいます。多数いる中国人の中にはそうでは無い人も沢山いて、解り合える人も沢山いる筈なのに、余りにも勿体ない考え方に感じます。

その最たるものがISのテロの発生に於けるイスラーム教徒への差別では無いでしょうか。ISは過激派であって、純粋なイスラーム教徒と全く別物です。しかしイメージが先行するばかりにイスラーム教徒全体が悪者呼ばわりされ、日本のモスクに心無い誹謗中傷の電話が集中し、何の罪も無いイスラームの子供達が学校で虐めに遭っているそうです。

伊吹隊長は作品の中でこう嘆いています。

「日本人は美しい花を作る手を持っているのに、何故、その手に刃を握って血と涙と憎しみを生み出すのだろう…」

注1)関東大震災時、在日朝鮮人が井戸に毒を流したと言うデマが流れ、自警団が編成され、その流れで罪の無い在日朝鮮人が襲われたと言う事件が起きた。尚この事件もまた、南京大虐殺従軍慰安婦問題と同様、事実であるかどうか、互いの見解に大きな解離がある事件でもあり確定的な答えは出ていない。しかしながら日頃から持ち合わせた差別心から、こうした非常時に於いて双方にただならぬ事態が発生していた事は間違いない。

注2)鬼や土蜘蛛と言った妖怪は、昔、大和朝廷に与しなかった異民族を指した蔑称が後世に妖怪へ変化したもの。