旧ユーゴスラビアを旅する完全版+モンテネグロ・プドヴァ編

 さて、話を始める前にしつこい位にユーゴスラビアの歴史のおさらいを行おう。ユーゴスラビアとは南スラブ人の国と言う意味で、殆どが南スラブ人で構成された国だ。その南スラブ人はビザンティン帝国の影響で東方正教を信仰する事となり、それがユーゴスラビアのベースメントとなる。

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しかし歴史が移ると、バルカン半島オスマントルコに支配され、オスマントルコが弱体化すると北部からオーストリア=ハンガリー帝国が勢力を伸ばしてくる。

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こうした影響を受け、ボスニアヘルツェゴビナマケドニアにはオスマン時代にイスラームを信仰する様になった人々が暮らす様になり、北部ではクロアチア人やスロベニア人はオーストリア=ハンガリー帝国の影響からカソリックを信仰する様になった。そして支配を受けつつも、正教を貫いた若しくは復活させたのが、セルビアモンテネグロと言う訳だ。

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だが、これから訪れるブドヴァ、コトル等アドリア海沿岸の街は上記とは違う第三の勢力に大きな影響力を受けている。ヴェネツィア共和国だ。ヴェネチアは強大な海軍力を誇る海洋都市国家だ。ヴェネチアの位置を地図で見れば一目瞭然アドリア海の一番奥に位置している。そんなヴェネチアが思うがままに海洋交易を行うには制海圏が必需だった。だからヴェネチアは次々とアドリア海沿いの街を支配下に置いていった。最盛期には規模の大きく自治意識が強いドブロブニクを抜かす殆どのアドリア海沿いの都市を支配下に置いた。だから今でもそれらの都市にはヴェネチアの守護獣である羽根の生えたライオン、サンマルコの紋章が刻まれている。

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バスを降り立ちブドヴァの街に繰り出せば、これまでの旅では感じる事の出来なかったブルジョアの匂いが立ち込める。これもマフィアの…なんて勘繰りをしてしまうが、折角なので忘れよう。

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私の目指す旧市街に向かう途中にある港はギッシリとプレジャーボートが埋め尽くしている。ミリオネアが集うブドヴァはモンテネグロのクェートと呼ばれているのだとか…。

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腹を満たそうと切り売りのピザ屋に入って仰天する。ピザを食べても水を買っても、観光地プライスを避け地元の店で買ったとしてもこれまでの価格の三倍はする。観光客向けの店ならそれ以上高い。

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(スベティ・ステファン)
こんな物価差の国が今までひとつであったのだからある意味信じられない事だ。嘗ての旅でも感じたが、こうした観光産業で賑わう海沿いの街があるか内陸国であるかで、復興や経済活動のスピードに雲泥の差が生じてしまっている現実がある。両方見ている私にとって、この華やかさを素直に享受して良いものか?戸惑ってしまう程である。

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ブドヴァ旧市街は海に突き出した部分を城壁で囲んで成立しており、規模は大分小さいもののドブロブニクと似た様な作りである事からリトル・ドブロブニクとも呼ばれている。戸惑ったとは言え実際その美しい姿を見てしまえば迷いは一瞬にして消え去る。城壁の直前に小さなビーチがあり、海水が余りにも透明で恐い程だ。勿論泳いだ。必死になってブイを目指す。途中でそんな自分が可笑しくなる。やはり私は日本人なのだなぁと。何も必死に泳ぐ必要なんかこれっぽっちも無いのに。

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一頻り泳いだ後はそのまま旧市街に突入する。海水パンツ履いて旧市街なんて、なんて贅沢な時間なのだ。旧市街自体は玩具の街みたいに小さな街なのであっという間に全てを歩ける。が、周囲を巡らす城壁の上を歩いたり城塞に登ったり、教会巡りをしたり色々見所はある。モンテネグロは基本東方正教だがヴェネチアの支配を受けたからカソリックの教会もあり、その違いを楽しむのも良いだろう。

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旧市街の裏手にはもうちょっと本格的なビーチがありレストラン等も併設されている。そこから海沿いに遊歩道があり奥にあるビーチまで続いている。そこからの旧市街の眺めも最高だ。

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ブドヴァは旧市街、新市街だけでは無く25キロに及ぶブドヴァ・リビエラと呼ばれる地域を持つ。そんな中にスベティ・ステファンと呼ばれる島がある。島ごとホテルになっており、地元の人にモンテネグロモン・サン・ミッシェルと言われていると言う。いったい一泊幾らかかるのだろう?私の一ヶ月分の宿泊費で泊まれるだろうか?

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ブドヴァはリトル・ドブロブニクと先程述べた。ドブロブニクにはスルジ山が背後に聳え、そこからドブロブニクの景観を楽しむ事が出来た。ブドヴァにも背後は山となっている。見れないかなぁと思い適当に山を登るも、何処もリゾート物件の新築ラッシュで旧市街を見渡せない。登りに登って漸く新築途中の基礎から旧市街を見渡せた。この場所も工事が進めばやがて住人のみの景観となってしまうだろう。

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山から降りて、再び遊歩道の向こうから暮れ行くブドヴァの景観を楽しみ、海辺のレストランでシーフードリゾットを頂いた。波が殆ど立たないアドリア海のビーチでの夕食は、それは贅沢なひとときだったが、ふと思ってしまう。お会計飲み物合わせて1,500円程は、リゾート地のレストランと考えれば妥当なのだろう。でも昨日、コソボの安食堂で、プレスカビッザ定食ジュースサービスでたった1ユーロで食事した私は激しく戸惑ってしまう。

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旧市街は夜になっても観光客でごった返し、華やかで賑やかで…。人の集まるところお金が落ちて…。でも人は場所を選べて生まれてこれる訳では無い。此処で働く人々、そしてコソボで働く人々、労働で使うだろう気力、体力は平等の筈なのに…。

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隣同士の国、たった数時間の移動で国境を越えただけなのに…。物価、環境の突然の相違に、財布の帳尻は合わせたつもりでも、心がついてこられず宙ぶらりんな夜なのであった。