旧ユーゴスラビアを旅する完全版+アルバニア・ティラナ編

 ギリシャを発った夜行バスは頼みもしないのに順調に走って朝5時には目的地であるティラナに到着してしまった。早すぎる!仕方が無いのでのんびり歩き、やっと開いているカフェを見つけて朝食を摂り、荷物だけでも置かせて貰おうと今日の宿へと向かったのだが探せど人に尋ねても見つからない。どうしても見つからないので先程尋ねてみた親切そうなお兄さんにもう一度聞いてみる。

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 今度は念入りにBooking.comに書かれた住所やMaps.meも参照してくれたがこんな場所に宿は無いと言う。何故なら彼の住所のすぐ隣だから、でもそこまで来ると彼も不思議らしく、宿に電話してくれた。すると宿主はすぐ出てくるそうで、待っていれば本当にあっという間に現れた。しかも彼と御隣さんだから顔見知り。まるで狐に摘ままれた様な顔立ちの親切なお兄さんに、宿主は「実はな…」みたいな口調で話している。

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(スカンデルベグ像)
 前回のコーカサスでもそうだったが、Booking.com等で安い宿を検索すると、かなりの確率でアパートメントや民宿がヒットする。それらは正式にホテルとして営業している訳では無く、空いている部屋を貸しているだけなのでホテル名等表記する事が無いので、御隣さんでも知らなくて当然なのだ。訳を知って成る程顔の親切なお兄さんに丁重にお礼を言ってホテルに荷物を預けた。

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(スカンデルベグ広場)
 アルバニアの首都ティラナにはそれほど見所と言う見所は無い。唯一見たかった街の中心に建つモスクも残念ながら修復中、ざっと街を歩いてみてもまるでネズミ講で失ってしまった時を取り戻すかの様に、至るところで新築工事が行われている。どうやらこれからの街である事が伺われた。少なくとも止まったままよりは結構な事だ。

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(エトヘム・ベイト・モスク)
 そんな事なので郊外のクルヤと言う小さな街へ遊びに出掛けた。クルヤはアルバニアの英雄スカンデルベグが死守したと言われるクルヤ城が残り、城を中心に賑やかな観光客向けのバザールが広がっている。別段対した土産は無いのだが、イスラームのバザールはただ歩いていても楽しい。クルヤ城や、其処から近くにある古びたモスク等を散策しティラナに戻った。

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(クルヤのバザール)
 再びティラナに戻り散策を始める。街の中心のスカンデルベグ広場から南に歩くと何やらピラミッド状の建物が現れた。建物自体は立派なのだが落書きやら何やらでかなり荒廃している。なんだろう?と思い地球の歩き方を見てみると国際文化センターと書いてある。

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(クルヤ城)
 あれ?ちょっと違和感を覚えた。前に調べていた時違う名前で紹介されていた様な…。調べ直してみれば、此処はエンヴェル・ホッジャ記念館と知って成る程なと思った。彼こそ第二次大戦後、この国の共産党の書記長として鎖国政策を取った男。当時としては建国の父としての記念碑だったのだろうが、今となっては単なる独裁者の遺物として捨て置かれているのだろう。幾度か再利用も試みられた様だが、今では荒らされるままである。

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(国際文化センターことエンヴェエル・ホッジャ記念館)
 更に南に行くとマザー・テレサ広場の向こうにティラナ大学があり其処で道は突き当たる。マザー・テレサが生まれ育ったのは現在のマケドニアスコピエである事は話したが、彼女はアルバニア民族なので、此処アルバニアでも大きな尊敬を集めている。

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(オスマントルコ時代の石橋)
 スコピエ大学の裏手には大規模な公園が広がっている。別段語るべき事の無い公園だがとにかく広い。公園では数多くの市民が憩いのひとときを過ごしている。欧州一の最貧国、独裁者に鎖国ネズミ講で国家破綻…。ガイドブックが言っている事は事実であるが、それを先入観にして実際訪れてみると、人の先入観と言うものがどれだけいい加減なものであるか思い知らされる。確かに所得の低そうな部分は散見するが、この公園で寛いでいる人を眺めれば、ブラックな環境に文句も言えず日々仕事に追われる我々の方がある意味ずっと貧しくも感じる。

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(国立歴史博物館)
 今日の朝、宿を見つけられず路肩で途方に暮れている得体の知れない外国から来た私を、心身になって手助けしてたアルバニアの男性の話はしたが、我々はそんな事が出来るだろうか?気持ちはあっても忙しかったり、偏見から躊躇してしまったり…。オモテナシ、オモテナシなんてオリンピック招致の時に日本人の美徳として大騒ぎしたけどではオモテナシっていったいなんだろう?

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(巨大な公園の湖)
 お金をはたいて空港とか催し物の会場で盛大に旅人を出迎えても、超正確なインフラや清潔で正確な各種行き届いたサービスであっても、旅人は「凄ぇ国だな!」って好印象は持ったとしてもそれはそれでそこまでの事であっという間に忘れてしまう。それを政府がオモテナシと見なしているとしたらとんだ大間違いだ。海外から来た旅人が本当に感動する事って、そしていつまでも忘れない事とはその国で出逢った人々のほんのさりげない飾らない親切だ。さて、我々にはそれが出来るかな?