旧ユーゴスラビアを旅する完全版+マケドニア・オフリド編1

 スコピエを後にしてマケドニア唯一の世界遺産であり複合遺産でもあるオフリドへと向かう。嘗てブルガリア帝国の最盛期、バルカン半島一帯を征服した時代、オフリドブルガリア帝国の首都となり、スラブ世界のキリスト教の中心地となったと言う。またスラブ語の発音は複雑で、アルファベットだけでは表現しきれ無い事から、この地の学者がキリル文字を発明したと言う。二つの意味でスラブ民族にとって重要な地がオフリドでもある。

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(キリル文字…何書いてあるか解らない
( ノД`)…多分スコピエからオフリド)
 スコピエのバスターミナルに現れたバスはミニバス。そんな乗客の中に目立つ存在が二人いた。一人は欧州人の男、スモークの張った車窓だと言うのにお構いなしにやたらとスマホでバシャバシャ写真を撮りまくっている。もう一人は中国人の若い女性。とは言っても良くいるタイプでは無く、ロングへアに黒淵眼鏡にワンピース。真面目そうで地味な女の子。バックパッカーや地元の乗客でギュウギュウ詰めになる乗り合いバスなんか似合わない不思議ちゃん。取り敢えずJimyちゃんと名付けておこう。

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(賑やかなオフリドのメインストリート)
 オフリドに到着し予約したばかりの宿へと向かう途中、モスクを発見したので写真を撮っていると、さっきのバスに乗っていた欧州人の男に声をかけられた。

「あれ?さっきバスで一緒だったよね?こんなところで写真撮ってないで一緒に行こうぜ!あ!俺ポーランドから来たんだ!」

 なんか凄くハイテンションで他人を巻き込んで強引なマイペース。でも憎めないタイプ。ルーマニアで出逢った男と言い、ポーランド人ってこんな奴が多いのか?イメージ変わるなぁ。奴は日帰りな様で兎に角急ぎまくり写真を撮りまくり、大抵時間が無いのは日本人の方だけど、今回ばかりは逆転している。いつも日本人はこんな風に見られているんだろうな。

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(旧市街に入るとグッと道幅が狭くなる。)
 彼のペースに丸っきり乗せられながら宿を目指し、やがて道は旧市街の丘の上に聳える城塞に向かって次第に坂の勾配がきつくなってきた。そんな石畳の坂道の途中で先程バスに同乗していた中国人のJimyちゃんが立ち往生していた。すると軽口絶好調のポーランド人が彼女に声をかける。

「あれ?君さっきバスで一緒だったよね?あれ?宿が見つからないの?そりゃ大変だ!あ!丁度良い!君きっと彼と同じ故郷だよね?」

「オイオイ!彼女は中国人、言葉は同じでも発音も語彙も全く別だから!」

 Jimyちゃんもちょっと期待していたのか、私が日本人で言葉が通じないと解ると一瞬輝いた彼女の眼鏡の奥の瞳が再び不安でいっぱいになる。こりゃいけない!と英語で話しかけるも

「私…英語は…」

 こりゃ中々重症だ…。と手を焼いていると

「あ!俺日帰りりなんで忙しいから!じゃあ良い旅を!」

 と言い残すと満面の笑顔でポーランドの男は行ってしまった。

「おい!お前!」

と心の中で突っ込むも、行ってしまったものは仕方ない。この場でJimyちゃんを放置する訳にもいかず彼女の中国語のスマホを解読し自分のMapst.meで検索する。

「見つけたよ!さぁ行こう!」

 彼女のトランクを手にして歩き始める。ハッとした彼女の手が触れる。突然人の荷物を持ったなら持ち逃げと間違われても仕方ない。当然の事だ。でも振り返れば彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべている。お人好し過ぎる。もしかして天然のお嬢様?危ういなぁ…。

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(古代の円形劇場もあった。)
 でもお嬢様なら乗り合いバスなんかに乗らないだろうし、乗ったとしても、バス停から宿まではタクシーだろう?なんか彼女のチグハグなスタイルに首を傾げながらトランクを引っ張り坂道を登ろうとしてビックリした。30キロ以上絶対ある!いったい何が入っているのだ?きっと死体でも詰め込んでいるに違いない。…それにしてもこんな重さのトランクを、しかも石畳の坂道を…余りにも無謀である。

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(聖クリメント教会)
 私が初めて海外に一人で旅をしたアメリ東海岸、その時私もトランクを引き摺っていた。海外旅行と言えばトランク。トランクを引きずりながら空港に行くのは憧れだったからだ。ボストンに到着し宿に向かう時、私は大きな間違いをしてしまった。町名と通り名を間違えたのだ。鎌倉行きたいのに鎌倉街道歩いているものだ。道は石畳で私のトランクの足はやがて壊れてしまった。引き摺りながら歩くので、当然歩測も遅くなる。周囲は落書き、ホームレス…素人でも十分ヤバい地域に紛れ込んでしまった事は解っていた。

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(まるでお花屋さん状態の一般家庭。)
 そんな時昼間っから営業中の立ち飲み屋を覗いたら、ゴッツイ黒人と目が合ってしまった。黒人は此方に向かってくる。逃げれば犬と同じく追っかけてくるだろうし、壊れたトランク引き摺ってなんて逃げられない。万事休す!もう動けなかった。そんな私に黒人は優しく尋ねかけた。

「坊主どうしてこんなところにいるんだ。何々?坊主これは町名で全然違う場所だ。此処は坊主がいて良い場所じゃない。其処を曲がって真っ直ぐ行けば一番早く此処から出られる。その先の大通りにバス停あるから詳しくはそこで聞け!」

 黒人は優しく私に教えてくれた。それ以来私は旅にトランクは決して使わない。そんな思い出を振り返りながら、

「お嬢さんヨーロッパの旧市街の殆どは石畳、坂道なんかだとトランクの車が簡単に壊れちゃう。バックパックの方が安全だよ。」

 と言うのだが、なんだか困った様な表情。確かに彼女がバックパックを背負っている姿は想像出来ない。炎天下に死体の入ったスーツケース、汗だくになっているのを悟られない様歩きながら、やっと彼女の宿に到着した。

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 湖畔を眺められる良さそうな宿だ。呼び鈴を押してみるも出る気配が無い。彼女は再び不安な表情を見せる。

「こうした宿は民宿が多いから宿主さん、買い物にでも行ったんだろう。電話かけてみると良いよ!じゃあ良い旅を!」

 これにてお役目終了と颯爽と振り返ろうとすれば、更に彼女の表情は不安でいっぱいになる。そっか彼女は英語が苦手なんだっけ…。彼女のスマホから宿の電話番号を覗きこみ私のスマホで電話をかける。

「あ、あのぉ、友達が宿を予約していてすぐ目の前まで到着したのですが…。」

 私は電話を切ると彼女に伝える。大丈夫!すぐ来てくれるよ!彼女の表情が安堵に変わる。宿主のおばちゃんが登場すると彼女の部屋まではまた階段を降りねばならないらしい。こうなったら最後までと死体の入ったスーツケースを彼女の部屋まで運んであげた。

「あーらお二人さんだったのね!」

 なんておばちゃんが部屋のチェックインを始めそうになったので、慌てて

「いえいえ私は単なるお嬢様のポーターでして!」

と言い残し彼女に手を降った。初めて見かけた時は、なんて仏丁面な女性なんだろう?と思っていたが、きっと緊張していたのだろう。Jimyちゃんは素敵な笑顔で見送ってくれた。

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 良い事すると気持ちが良い。天気も良い!そして女の子の笑顔とくれば今日の私は無敵に違いない!これだけでご飯おかわり三杯いける!でも食費は切り詰めないと破綻する。調子に乗ってはいけない。