シルクロードを西へ!西安編 最終回

 私がこの旅の最後に向かったのは慈恩寺に聳える大雁塔だ。7層からなる高さ64Mの塔で西遊記で一躍有名になった玄奘三蔵法師がインドから持ち帰った経典を納める為に建立された。

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 塔に登り玄奘が旅した遥か西方を眺めた。西遊記では三蔵は王の命を受けてインドへ旅立つが、実際は当時の唐は鎖国中であり、玄奘は国禁を破って密出国したのである。只でさえ命懸けの道程なのに、法(律)を犯してまで法(典)を求めて旅をしたのだ。

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 その旅は15年にも及んだと言う。どれだけの情熱が必要なのだろう?どれだけの精神力が必要なのだろう?どれだけの体力が必要なのだろう?往きに世話になった国が、帰りには滅んでいた。そんな長い旅。近代化した今でさえ、15年旅を続けろと言われれば足がすくむ。

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 しかし、例え其処に危険が待ち受けていたとしても、決して旅人は足を止める事は無い。私も旅人の端くれ、私も玄奘の何万分の一であるにせよ、その醍醐味を知ってしまっている。大雁塔から西方を眺め、私の次なる旅先が決まった。いつか玄奘の足跡を辿って見よう!そう心に誓って大雁塔を後にした。   

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 観光を終え、私が最後に向かうのは勿論夕食。西安名物と言う餃子を楽しみに街の中心鐘楼の側にある餃子専門店へ向かった。だけどメニューを探せど焼き餃子が無い。店員の態度も悪かった。中国ではそんな事も当たり前なのだが、意思が通じないのを苛々して舌打ちされたら此方もたまらない。正確な中国語では無いだろうが

「我思不快!」

 とメニューに書いて店を出た。こうなったら意地でも焼き餃子探してやる。ムキになって私はイスラーム街へと足を運んだ。

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 紙片に焼餃子と書き、私はまるで刑事の様に思い当たった店に聞き込みを開始したが、焼き餃子はいっこうに見つかる気配が無い。(実は焼き餃子は中国では餃子が痛んでしまった場合、最後の手段で焼くもので、家庭料理や賄いで出すものなのであって、客に出すものでは無いらしい。だから私が聞いても、そんなの売るわけがないだろ!的な感覚だったと思われる。)

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 そんな折り私はひとつの屋台を見つけた。皮も餃子、具も餃子そっくりのものを。ただ、皮で具を包むのでは無く、二枚の皮で具をそのまま挟んで油を多目に入れた中華鍋で焼き上げる。

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 その手際の良さに見とれながら店主にそれは焼き餃子か?と尋ねると、店主は違うと言う。私は焼き餃子に見えると言うのだが、店主も譲らず禅問答の様になってしまう。最後にはそれが焼き餃子かどうか等どうでも良くなった。私はそれが食べたくて仕方ないのだ。

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 早速私はソレを頼むと口の中に頬張った。形は違えど味はやっぱり焼き餃子のソレだった。私は大満足して、もう一つ注文するとテイクアウトしてホテルへと戻った。

(第一部 完 第二部へと続く)