ブータン旅行記 最終回
最後の一日の夜が明けた。山の向こうから眩しいばかりの朝陽が昇ってくる。朝靄が徐々に消えてゆく。今日も良い一日だ。
ゆっくり目に宿を出て、パロの市街で降ろして貰う。市街と言っても100mの通りが二本程度のこじんまりした商店街。でもパロには空港があるから土産物屋が多く散策が楽しい。未だブータンには激しく売り込んだり、ふっかけたりが無いからリラックスして買い物が出来る。
首都ヤンゴンでは女性は民族的化粧のタナカを塗る事を止め、ファンデーションを塗り始めた。民族衣装のロンジ―はジーンズに取って変わられた。庶民が100円程で夕食を摂る一方、一等地は田園調布顔負けの値段で売買されるバブルっぷり。広がる格差。
(スーレー・パヤー ヤンゴン)
いつの時代も若者は新しい世界を求め続ける。地方では若者達が農業を嫌い、全く違う世界を求めて首都ティンプーに集まる。しかし今のティンプーに彼等を全て賄える仕事数は無い。失業する彼等、其処に忍び寄るアルコールやドラッグ…。現在ブータンに潜在する問題は山積みだ。そしてもし彼等が欲望と言う禁断のパンドラの箱を開けてしまったら…。
(伝統的な雑貨屋)
しかし私は希望的観測で期待を込めてこの国の将来を考えている。何故なら歴史を振り返れば、小国ブータンはいつだって危機に迫られていた様なものだった。それをどの国も考え付かない、あっと言わせる手段で今まで乗り越えてきた。小国が生き残りを賭ける場合、隣の某国の様に軍事力に頼る例が多い中、国民の幸福度優先の政策、環境保護、オーガニック農法等、一見非効率で遠回りに思えるも、実は時代を先取りし、世界が理想としても、取り組め無いでいる事を、率先して採用し、その存在感を示す事で、生き残りを賭けてきた。これからもきっと我々をあっと言わせる手法をこの国は見せてくれるに違いない。
(ドゥク・チョデン・ラカン)
その手法の原点とも言える国民総幸福量は、現代社会や資本主義を否定するのでは無く、どうソフトランディングさせるかこそが味噌だった。そしてこれからもそれに変わりは無い。そう!世界一難しいと言われる此処のパロ空港に着陸する様に。
(チョルテン・ラカン)
…と物思いに耽りながら散策していれば、最早パロ空港に向かわなければいけない時間。これまで短い時間だったけれど、ガイドさんやドライバーさんともお別れの時間。
打ち解けた我らは、仏教の六道の話をしている内に脱線して、畜生道のチクショー!の日本の意味を教えると何故か大ウケ。車内ではチクショー!の大合唱になってしまった。
空港の前で最後に儀礼的な挨拶を交わす。そして三人の目が合った。そして三人とも目がニヤケている。そして三人揃って満面の笑顔で叫んだ。
「チクショー!!」
日本の団体さんがいたのだろうか?唖然とした表情で我等を見つめていた。
さようなら
そして
ありがとう!
ブータン!
(完)