ブータン旅行記2 ティンプーその1

 空港に到着し入管を済ませれば、預け荷物の無い私はいつも出口へ直行なのだが、今回は税関で申告せねばならない事がある。ブータンは全面禁煙の国。観光客に限ってはホテルでのみ喫煙が許されるが、200%の税金を払わなければならない。

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(飛行機は山すれすれに着陸する。)

 税関で申告を済ませ支払おうと思ったが現地通貨でしか受け付けないと言うので両替所を教えて貰い鞄を背負うと税関の男は言う。

「荷物は其処に置いておけば良いよ。誰も持っていきはしない。」

 常識で考えれば空港なんて、一番荷物を置き去りにしてはいけない場所だ。例え日本であっても、そんな事は言わないし、言えない筈だ。未だ自信満々そんな事が言える空港があったなんて…。

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 用件を済ませれば、此処からはちょっとドキドキ。いつもなら出口に集まるハイエナの様な白タクの運チャンやら両替商と腹の探り合いが始まるのだが、此処ではそんな心配は無いし、そんな輩もいない。ただ、自分の名が書かれたボードを探せば良い事だ。

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(国王夫妻がお出迎え)

 私を待っていてくれたのは二人のヤンチャそうで、でも真面目な若者だった。早速車に乗って出発。チラチラ見える立派な建物を脇に見つつも、それは最後に残しておいて先ず向かうは首都ティンプーだ。

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(こじんまりした伝統様式の空港)

 走ればあっという間に車窓は山に囲まれる。ブータンには平地は国土の3%しか平地が無い。だからこそのあの国際空港なのだ。街から街へは必ず峠越えになる。おっと、書いていて表現の間違いに気がついた。この国に我々がイメージする街などティンプーしかないのだから。  

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(山裾ギリギリのパロ国際空港)

 空港のあるパロから約1時間。まるでメリーゴーランドに乗っているかの様なワインディングロードを走り終え、我々は首都ティンプーに到着した。

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 ティンプー、この国で唯一ビルと呼んで良い建物が林立する街でもある。ブータンでは先の様に、国のアイデンティティーを守る方針により建築は伝統様式を求められるが、それは近代的ビルを建てる時にも適用され、その上高さも制限されている。 によって伝統様式を無理矢理ビルに当て嵌めてしまった様なアンバランスさも印象に残った。

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(ティンプーの門)

 街の中心、目抜き通りの交差点には、この国で唯一の信号がある。信号と言っても赤、青、黄色では無い。警察官による手信号だ。ティンプーは首都と言えども人口は約10万人、東京で言えば区にも及ばない。

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(中央の東屋で警官が交通整理する。)

    ホテルに荷物を置いて先ず向かったのがタシチョ・ゾンだ。ゾンはこれからもブータンの旅に出てくるキーワードなので説明しよう。

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 ゾンとは、チベット仏教ならではの建築であり、その地方の政治と宗教の中枢が同居する建物で、古くは城塞の役割も果たした。チベットで言えばポタラ宮がそれに当たり、ティンプーブータンの首都であるからタシチョ・ゾンはブータン国王が職務を行う場所でもあり、ブータンチベット仏教の最高権威シェ・ゲンポの住居でもある。

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(国会議事堂)

 ポタラ宮同様、濃紅と白で彩られた荘厳な建築に息を飲み、ブータンならではの繊細な紋様に心が癒された。

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 日本人はこの国の仏教が日本の仏教と異なる事から、この国の仏教をチベット仏教と、チベットの名を冠して呼ぶが、それは些か失礼にあたる。何故なら東南アジアに伝わる上部座仏教も、日本に伝わる大乗仏教も、早い段階で故郷インドを旅立ったもの。それに比べ、チベット仏教こそ、仏教がインドで、機能を失ってしまう最終段階を相続し今に伝える、仏教の本家本流とも言えるのだから。因みにチベット仏教は大きく分類すれば大乗仏教なので、東南アジアに伝わる上部座仏教より日本の仏教に近い。

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 さて、政治の施設と宗教施設が同居していると聞くと胡散臭さを感じてしまう日本人も多いかと思う。私も以前はそんな一人であったが、しかし旅を続けていくうちに、それもひとつのあり方だと考える様になれた。車は一輪より二輪の方が安定する様に、目に見える事は政治が行い。目に見えない事は宗教が担う。

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(タシチョ・ゾン全景)

 どちらか一方が強くなっても車は道を外れてしまう。チベット仏教の人々の、そんな考え方、私は好きだ。